第29話 誕生日 その3 当日 後編

 「・・・・・」


 カラオケルームでのこと。

 僕、宇宙町鳴瑠は悲しみと一緒に膝を抱えて、ちゅーちゅーコーラを飲んでいた。カラオケに来たのだから歌の1つでも歌えればよかったのだが、残念なことにこの曲を打ち込む為の機械(とおぼしきもの)の使いかたがわからなかった。

 ちなみにだいたい璃月が出ていって、6分くらい過ぎた頃。外からこちらに歩いてくる足音が聞こえてくる。

 あ、帰ってきた‼

 僕は足音だけで璃月と察知した。

 うきうきしてしまう僕は、扉の前で璃月を待つことにした。それはまさにご主人様を待つ飼い犬のようだった。

 足音はこの部屋の前で止まる。

 外にいる璃月がドアノブに手をかけ、扉が開けられた瞬間。僕はお出迎えとばかりに「おかえり‼」と声を張り上げた。

 もはや、ご主人様を出迎えている飼い犬だった。


「わぁー、元気いっぱい。1人でお留守番できた?」

「さすがに僕を舐めすぎだよ、璃月。寂しくて泣きそうになってたけど、しっかり1人で待てたよ」

「えらいえらい」

「もー、頭撫でるとか、最高すぎだよ。とゆーよりも。1人で待つくらいはできるよ。僕は今日で16歳・・・・・もしかして、今日デートに誘ったのって誕生日だから?」

「そー。ケーキ買いに行ってた。とゆーより、今、気づいたの?」

「うん」


 今更ながらに気づいた。

 デートなのにひとりぼっちにさせられてたのって、ケーキを買いに行っていたからだったのか。

 なら、放置されていたのも納得できる。

 てっきり新手のプレイなのかと思っていたりしたけどそんなことはなかったようだった。ちなみに放置プレイは好きになれないこともわかった。

 それにしても、僕の為に色々と動いてくれていたなんて、嬉しくて仕方がなくて自然と頬が緩んでしまう。

 そう言えば、家族以外で誕生日を祝ってもらえるのなんて何年かぶりで、嬉しさが止まらない。それが恋人だと思うと尚更だった。


「でも、璃月。どうやって僕の誕生日を知ったの?」


 学校の誰にも言ってなかったはずだし、レインの誕生日登録もしていなかったはず。嬉しいのは嬉しいけど、不思議で仕方がなかった。


「うーん、アレ。愛のなせる技、かな」

「いやいや、いくら何でも僕が出してない情報を得られる力は愛にはないよ」

「いつもはノってくれるのに酷い。この鬼畜性癖彼氏」


 どうやって知ったのか単純に聞きたかっただけだったのに、どうして僕はそこまで罵倒されてるんだろうか。まー、璃月から罵倒されるのはバッチコイなんだけどね。


「まー、璃月が話したくないならいいよ。こうして祝ってくれるのが何よりも嬉しいし」

「うん、そーだよね。過程なんてどーでもいい。結果が全て」


 もはや開き直っているとしか思えなかったけど、前向きなことは良い事なのでもう言及するのはやめておこうと思う。


「で、どんなケーキ買ってきたの?」

「ウェディングケーキ」

「おっとそれは予想外」

「嘘。普通の。ウェディングケーキはまだはやい」

「まだ、てことは」

「さー、どーだろ。とりあえず、ケーキだすよ」


 あからさまな話題転換をしておきながら、素知らぬ顔で璃月はソファに座る。彼女は箱から少し小ぶりなショートケーキを取り出した。小ぶりと言っても2人で食べるのには十分だし、帰ったらご飯が用意されているので、ちょうどいいサイズのものと言える。

 苺やらブルーベリーやら果物たちが輪を作り、その輪の中央である空白部分には、『なるくん、誕生日おめでとー』の文字が書かれた板チョコが置かれている。それがまさに誕生日感を演出する。


「おー、感動だよ、璃月‼」

「ふつーのだよ?」

「それでも、璃月が選んでくれたって思ったら、すんごくうれしい」

「そっか。喜んでくれたならよかった」


 そんなこんなでケーキを食すことにする。

 璃月は店員さんからお皿とフォークを貰ってくると、綺麗にケーキを二等分にする。2人で1つのものを分け合うというのは中々に嬉しいものがあった。


「あ、名前が書いてあるチョコの板。あれは璃月が食べてよ」

「んーと、チョコ嫌い?」

「そんなことないよ」

「だったら鳴瑠くんが食べなよ。誕生日ケーキの主役と言っても過言じゃない部分じゃん」

「たしかにそうなんだけど。そうなんだけどね、僕は気づいてしまったんだよ」

「えーと、これ聞かなきゃダメなヤツかな?」

「璃月が僕の話を聞きたくないなら、それでもいいけど」

「むぅ、言い方ずるい。鳴瑠くんのお話聞きたい」

「わかった、教えてあげる」


 1度、目瞑ると僕は言った。


「僕の名前が書かれてるものを璃月が食べる。これってとっても興奮しない?」

「ごめん、何を言ってるのかわからなかった」

「えー」

「えー、っていっても。普通に意味不明だよ」

「うーん。なんか璃月に僕が食べられてると思うと、ゾクゾクするっていうか」

「とりあえず、変態なのはわかった。えい‼」


 問答無用とばかりに、璃月に板チョコを食べさせられた。

 いきなりのことで僕は口の中に入れられたチョコを食べてしまう。これであえなく璃月に僕を食べてもらう計画はとん挫した。

 でもね、思うんだ。


「無理やり食べさせられるのも悪くない」

「もー、私の彼氏が最強すぎてやばい」

「誕生日だから、今日の璃月はサービス精神旺盛だね」

「残念なことにサービスをしようと思ってしてるわけじゃないんだよね」


 それからもわちゃわちゃしながらだったり、あーんされたりしたりしながら、あっという間にケーキを完食する。

 璃月は少し準備があると言って後ろを向く。数秒経つとこちらを振り返り、僕にラッピングされた箱を手渡してくる。


「これ。プレゼント」

「璃月・・・・僕は幸せものだよ。こんなに素敵なものを貰ったのは生まれてきて、初めてかも」

「まずは開けてからゆおーよー」

「たしかに」


 まだ開けてなかった。

 貰っただけだった。今度こそ開けようとしたとき、


「あ、鳴瑠くん待って」


 待ったがかかった。

 僕は視線で「どうしたの?」と訊ねる。


「もう1個のプレゼントも渡しておきたい」

「もうそんなに貰っていいの?」

「うん、いいよ。はい、私がプレゼント」

「よし、このプレゼントは僕のものになったし、とりあえずキスをしよっと」

「もちろん構わないよ。私は君へのプレゼントだから」

「ん」

「ん」


 僕と璃月は今日3度目のキスをした。

 で、話はもう1つのプレゼントに戻る。今だラッピングを解いてないため、中身が何なのかわからない。


「開けてもいいのかな?」

「もちろん。もう1個のプレゼント(私)の包装(服)を先に開けてもいいけど」

「璃月って、ほんとうに僕に負けじとえっちだよね」

「む、どーゆうことかな?」

「僕の彼女でよかったってこと」

「からかう鳴瑠くんには、今日は服を脱がせてあげません」

「それはおしいことをしたな」


 話を挟みつつ、今度こそラッピングを開けてゆく。

 中から出てきたのは、


「カメラ?」


 だった。

 色は瑠璃色で、可愛い形をしている。そんなカメラだった。


「そ、カメラ」

「どーして、カメラ?」


 自慢じゃないけど、僕には璃月以外に好きなモノはない。だから、カメラを触ったこともなければ、触ろうともしたことがなかった。

 だから、彼女が僕にカメラをプレゼントした意図が読めなかった。


「んーとね。鳴瑠くんにこれで好きになっていったモノを撮っていってほしいなーって。写真として好きなモノを形に残していけたら素敵かなって。だからあげたの」

「そっか。そいうことか・・・・・だったら――」


 僕はカメラを箱から取り出して、それっぽく構えてみる。


「そうゆうことなら、最初に撮るのは決まってるよね」


 レンズの先にいるのは、最初に好きなったモノで、最愛の素敵な恋人。僕を変えてくれた張本人――璃月だった。


「うん、綺麗にとって」

「今までカメラ、触ったことないけど、任せて」


 これから先、色んなものを璃月と一緒にこのカメラで撮っていきたい。いや、撮って行こうと思う。

 だから、僕は初めての趣味としてこれを追加することにした。

 『カメラで好きなモノを撮ること』

 これが僕の新しい趣味だ。形だけでなく、趣味までプレゼントしてくれた彼女に僕はお礼を言う。


「ありがと、璃月」

「どーいたしまして」――カシャ。


 嬉しそうにピースしながら笑う璃月。

 そんな彼女を僕は初めてのカメラで撮る1枚目として選んだ。素人目から、また贔屓目に見てもいい写真なのは間違いない。

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