第28話 誕生日 その2 当日/前編

 プレゼント選びから翌日。

 今日は鳴瑠くんの誕生日当日なんだけど、彼はそんなことまるで忘れているみたいに普通の学校生活を私と過ごしていた。

 とはいえ、自分から「祝ってくれ」って言うほど図々しい子でもないし、そもそも私が鳴瑠くんの誕生日を知っていることさえ知らないはず。だからプレゼントを用意しているとさえ思っていないはずだ。

 ちなみに、本人から聞いてないのになんで私が知っているのかは簡単なこと。職員室で調べたからだった。そのついでに身長とか体重とか憶えたりしたけど、今は関係ないことだからそのことはいいよね?


「鳴瑠くん。今日、これからデートにいこ」

「もちろんいいよ。璃月とならどこへでも行く‼」


 学校の帰り道で、私はデートに誘うことにした。

 私が鳴瑠くんを誘うと即答で了承。断られるとは思っていなかったけど、少し不安な気持ちもあった。だから即答してくれて嬉しかった。


「でも、どこに行くの?もう夕方だからあんまり遠出とかはできないけど」

「2人きりでゆっくり時間が過ごせる場所」


 昨日からどうやって渡すか、鳴瑠くんをどう祝うか、テスト前だっていうのに勉強そっちのけで考え続けた。

 で、導きだした答えと言えば。


「カラオケにいこーと思うの」

「からおけ?」


 何その『カラオケ』を初めて聞いた人の反応は・・・・。

 もしかして、


「カラオケ知らない?」

「もちろん知ってるよ。からおけ、だよね、うん。話しには聞いたことあるし」

「行ったことがないのはわかった」

「えーと、たしかね。あれだ。個室になってるからカップルで行くとエッチなことするところでしょ。あ、もしかして璃月も・・・・ぽっ」

「やめようか、その反応。あと、カラオケでえっちぃことは禁止だから」

「え、そうなの?でもさっきの言い方だと璃月は僕とそのしたくない・・・・とか」

「むぅー、嫌じゃないから卑屈にならないで」


 まったくぅ、鳴瑠くんはまったくぅ、私に拒否られたぐらいでしょんぼりしちゃって。もう、かまいたくなっちゃうじゃん。

 すぐにでも抱きしめて慰めたくなるのを我慢する。まだ学校の近くだし誰が見てるからわからないからぐぅーっと我慢。

 あー、抱きしめたいよぉ。よしよししたいよぉー。


「とにかく、鳴瑠くん。2人になりたいんだけど、ダメ?」

「嫌なわけないよ」

「決まり」


 手を繋ぐと、電車に乗って片隅駅近くのカラオケへ。このお店は外から持ち込みができるから誕生日ケーキなんかを持っていける。

 とはいえ、手元にはまだケーキはない。昨日予約したケーキを取りに行かないといけないんだけど。本人と一緒に行くとなんかサプライズ感が減って嫌だった。


「私、少し買いに行きたいものあるから先にお店に入ってて」

「んー、買い物なら僕も付き合うけど。荷物持ちとかならできるし」


 鳴瑠くんの為のケーキを本人持たせるなんて持っての他。だから、今回ばかりは心苦しいけど、彼を置いていくしかない。


「ううん、そんなに重くないから、平気」


 重いのは私の愛だけ。なんて冗談じゃないことを思う。

 彼は引き下がろうとはしなかった。


「うーん、でもなー。ほら、璃月と買い物をしてそれを僕が持つ。新婚みたいでよくない?」

「ぐ、たしかに・・・・」


 めっちゃやりたい。

 新婚ごっこやりたい。

 姉弟ごっこも楽しかったけど、それはそれでめちゃくちゃ楽しそー。

 それでも。それでも、断らなきゃいけない時もあるんだ。


「今回は・・・・今回だけは、ダメ。ほんとはしたいけど、今日はダメ」

「そっか・・・・璃月がそこまで言うなら、仕方ないね・・・・」


 斜め下を向いて俯く鳴瑠くん。彼の顔はどこまでも寂しそうで、捨て犬みたいだった。う、飼ってあげたい。お家に連れ帰りたい。

 だけど、今回だけは、君の為だから――。


「大人しく待ってるんだよ。いい子にしてたらいいことがあるから」

「・・・・うん」

「あ、でも。お歌、歌っててもいいから」

「・・・・うん」


 う、ううぅぅぅ、悲しそうな顔しないでよぉー。

 私まで悲しくなってきちゃうじゃん。このままじゃ、泣いちゃうよぉ。

 小っちゃい我が子にお留守番をお願いする親の気持ちが今の私にはわかった。こんなにも心が引き裂かれる想いだったなんて。

 もはや鳴瑠くんが恋人なのか、旦那さんなのか、飼い犬なのか、子どもなのか、わけがわからなかった。でもこれだけは確か。離れるのが寂しい。


「鳴瑠くん。すぐ戻ってくるから」

「うん。わかってる。頭ではわかってるんだけど、気持ちが」

「私も」

「璃月」

「鳴瑠くん」


 私たちはキスをする。

 最近覚えてしまったキス。これは寂しさを紛らわせることができるけど、それも一瞬。もっと一緒にいたくなる諸刃の剣のようなものだった。

 できるだけ早く戻るようにしようと思いながら、私はケーキ屋さんに向かおうとした。そんなとき、鳴瑠くんは私を引き留めた。


「どーしたの?もう1回、したくなっちゃった?」

「それもあるけどね、璃月」

「ん?」


 言いずらそうに鳴瑠くんは自身の思いのたけを述べる。


「僕、恥ずかしながら、カラオケに入ったことがないから、どうやって入ったらいいのかわからないんだ」

「・・・・鳴瑠くん」

「こんな彼氏で、ごめん」

「ううん。気づいてあげられなくて、ごめんね」


 カラオケの一室を借りてから私はケーキ屋さんに行くことにした。とりあえず、個室から出るとき、行ってらっしゃいのちゅーができたのはよかった。

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