第22話 海/名前
勉強会の次の日のこと。
勉強のやり過ぎはよくないとのことで(璃月談)、僕たちは息抜きもかねて海――学校の目の前にある双ヶ丘十海里海岸にやってきていた。海は夕日のオレンジ色に染まり、空はだんだんと深い青である夜の色に変わってゆく。
「ここって2つの丘もなければ10海里もない。そんな名前負けする場所だよね」
片隅市住人のローカルネタだった。
実際には3キロほどの海岸で、丘は住宅地の方にある1つだけとのこと。ここはそんな場所だった。
僕たちは靴を脱いで砂浜に降りて歩き始めた。
いつものように手を繋ぐ。暗くなり始め視覚的に寂しさを感じてきたためか、璃月の手の温かさが普段に比べて倍以上に安心感をくれた。
「私、海が好きなんだよね」
「そうなんだ。僕は普通かな。見飽きてるし」
「鳴瑠くんぽいね。ちなみに、海に入るのは好きじゃないの」
「どうして?」
「髪の毛がイタむから。私は海に関しては見る専なの」
女の子らしい理由だった。
というよりも、海に見る専があることを初めて知った僕だった。
「なんで見るのが好きなの?」
「うーん。なんていうのかな。自分がちっぽけに思えるからかな?」
「僕の中で璃月の存在はとっても大きいよ」
「ありがと。でもそーゆうことじゃなくて、なんてゆーのかな。嫌な事が起きても、自分が小っちゃい存在なんだって思うと、嫌なことなんてどーでもよくなる、みたいな。そんな風に思わせてくれる場所なの」
「・・・・」
少し考えて僕は言う。
「たしかに、海を見てると僕たちはちっぽけだなって思うね」
「うん」
「だからこそ、ちっちゃな僕たちが会えたのって奇跡みたいで嬉しいね」
「そーかも。嫌なことを忘れさせてくれて、嬉しいことを教えてくれる。海っていいものだね」
「そうだね」
僕と璃月は2人並んで腰を下ろして海を見つめる。世界の色はだんだんとオレンジが消えてゆき、夜の色である深い青色――瑠璃色になってゆく。
それを見て璃月は嬉しそうに微笑む。
「あ、私。もう1つ海が好きな理由があった」
「どんなとこ?」
「この色が好き。瑠璃色を見ると、鳴瑠くんを思い出すの」
「んー、あ。そいうことね。なら、僕も璃月を思い出すから好きかも」
鳴『瑠』と『璃』月。
2人の名前の1文字ずつとって合わせて『瑠璃』色。
今の海の色を見ると、互いに互いのことを思い出せていた。
これは単なる言葉遊びで、偶然に過ぎなことだった。だけれど、僕たちは何よりもそれが嬉しかった。むしろ偶然だからこそ、奇跡のようであり運命的でよかった。
「私、やっぱり瑠璃色の海が、好きだなー」
「僕も好きになった」
「そっか。お互い、趣味が合うね」
「趣味が合った方が恋人は長続きするっていうし、いいんじゃないかな」
「そうかも」
璃月は思い出したように言う。
「そう言えばさ、『瑠』て文字ってさ。基本的には『璃』とセットじゃないと言葉にならないよね。鳴瑠くんて、遺伝子どころか、名前レベルで『璃』のつく私と一緒にいたいみたいだよね。かわいい」
「え、それはうれしいかも。もー少し璃月とくっつきたくなってきちゃったよ。そっち行っていい?」
「まったく。君は甘えんぼーなんだから」
そう言いながら、僕が寄る前に璃月がこちらにやってくる。
肩が触れて、彼女の甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「甘えんぼーなのはお互い様だね」
「当たり前だよ」
もう少しだけ瑠璃色の海を見てから僕たちは帰ることにした。
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