第20話 おうちデート その3 ファーストキス

 ゲームをしたりして時間を潰して、もうそろそろ璃月の親御さんが帰ってくる時間とのことで彼女は帰ることになったのだが。

 これで終わりでいいのだろうか?

 そんな思いがあった。

 自分で言うのもなんだけれど、僕たちは付き合っている若い男女である。そんな2人が自分たちの他に誰もおらず、狭い部屋に数時間いた。なのにも関わらずえっちな展開にならないのはある意味で不健全なのではないかと。

 姉弟ごっこなる特殊プレイをして、しかも膝枕までしてもらった。

 けれどだ。

 それはあくまでも姉弟(仮)の愛情表現で、恋人同士のイチャイチャではない。めんどくさいことを言っているかもしれないけれど、僕が今求めているものは恋人としてのイチャイチャだった。


「璃月、僕はイチャイチャが足りません」

「えーと。君の求めるイチャイチャってなに。具体的には何がほしいの?」

「璃月」

「え、ちょっと怖い。しかも若干、答えがズレてる」


 何か怖がられた。

 仕方がない。ここはもっと具体性を持たせることにしよう。


「璃月成分。リツキニウムが足りません」

「普通に怖い」


 どう頑張っても変わらなかった。

 普通に僕が悪かった。

 ちなみに、リツキニウムは僕が発見した新種の物質。主に璃月から発せられており肉体的接触でのみ体内へと吸収できる。これを体内に吸収すると幸せになったり、切ない気持ちを抑えられたりする。中毒性は極めて高い。


「私を危ないお薬みたいな言い方しないでよー」

「さすがにそこまでは言ってないけど。でも璃月って、ずっと一緒にいたいと思うくらいには中毒性が高いよ?」

「鳴瑠くんだって」


 2人で見つめ合ってから、僕はもう少しだけ具体的に言ってみる。


「もっと璃月とくっついていたい」

「うーん、でも。鳴瑠くんのパパとかママとか、お姉ちゃんとか、帰ってきちゃわない?」

「帰ってきたら、見せつければいいと思うの」

「鳴瑠くん。私はね、君の性癖を全部受け止めてあげるつもりだったの。だけどね、これだけは言わせて。自分の家族に、彼女とのイチャイチャを見せて興奮するのは流石にやめたほうが・・・・」

「さすがの僕でも興奮はしないよ」

「それはよかった。まー、見られてもいいと思ってるのはすごいけど」


 と、璃月は呟く。

 いつかは彼女のことを両親に紹介したいし、彼女の両親に挨拶だってしたいと思う。ちなみに、どうして今日挨拶しないかについてはアレだ。彼女が仮病で早退しているのが万が一にでもばれた場合、心象が悪くなってしまうからだった。

 何はともあれ僕は宣言してしまう。


「とりあえず、あと5分だけくっつこう」

「もはや決定事項なのね」

「うん。あー、でも嫌なら無理にとは言わないけど」

「嫌とは言はないよ。嬉しいとは言うけど」

「言ってたかなー?」

「うれしー」

「ほんとだ、言ったね」


 そんなことを言いながら、僕たちは抱き合ってみた。

 璃月の腰に、僕は腕をまわしてみる。簡単に折れてしまいそうなくらいに細い。そのため、もう少し強く抱きしめ彼女を感じたいと思うのを少しばかり我慢。

 そんな僕に、璃月は耳元で囁く。


「もうちょっと強くても、いいよ」

「そう?」

「うん。むしろして」

「お言葉に甘えるね」


 少しだけ力を強めてみる。

 さらに密着する僕たち。


「うん、それくらい」

「さっきよりも、璃月が近くなった」

「リツキニウムは、補給できてる?」

「できてるけど、もー少し満タンになるまで時間がかかるかも」

「あとどれくらい?」

「うーん、5、6時間かな」

「長いなー。もー少しって詐欺じゃん」

「ちなみに100%まで溜まっても、ゼロになるのは30分くらい」

「燃費悪いなー」


 たしかに。5、6時間補給して30分しかもたないのは燃費が悪いにもほどがある。リツキニウムはそれだけ燃費の悪い物質だった。


「璃月は何か補給してる?」

「うん。ナルトエチレン」

「う、うん」

「君も同じようなこと言ってたんだから、反応に困らないで」

「それはほんとごめん」

「ちなみに、ナルトエチレンは10時間で満タンになって、5分で全部使いきってゼロになる」

「燃費が悪いにもほどがあるね」

「そ。だから、君とはずっと一緒にいたいの」

「僕もだよ。それに、そこまできたら充電し続けた方がいいくらいかも」


 リツキニウムに、ナルトエチレンなる謎の物質についてはそれくらいにして。


「もう少しだけ、踏み込みたいんだけどいいかな?」

「踏み込む・・・・・どんなこと?」

「例えば、キス、とか」

「おさかな」

「違うよ。そのボケは古来よりさんざん使われてきてるよ」

「一応挟もうかなって」

「そっか」

「うん。で、ちゅーだよね」

「そ」


 璃月は目を逸らしながら素知らぬ顔をしてみているが、その色は赤かった。


「どーかな?」

「いんじゃない。お昼にはほっぺにしたし。それに・・・・」

「それに?」

「してみたい・・・・・とか言わせないで。わかってる癖に」


 そう言いつつ、璃月は僕の足を踏んでくる。

 ご褒美だった・・・・でもあるのだけれど、照れ隠しなのだろう。その痛みが心地よかった。もはやもう僕は手遅れなのかもしれない。


「えーと、じゃーいくよ?」

「う、うん。んー」


 すぐ近くにある璃月の顔は、目を瞑って僕からのキスを待つキス顔というやつになっていた。めちゃくちゃ可愛い。このままずっと見ていたい。

 さすがにそれは可哀想なので、僕も目を瞑った。

 正直、めちゃくちゃ緊張する。

 数センチしか離れていない距離。

 その距離を目を瞑り、ゼロへと近づけてゆく。

 そして、ほんのりと温かな温度と柔らかさが唇に広がって、

 ――ちゅ。

 という短かな音。

 それから唇を離して、目を開ける。

 そこには少しばかり恥かしいそうにしながらも微笑んでいる璃月がいて、目が合った。


「しちゃったね」

「うん。僕、初めて・・・・ファーストキスだった」

「ふーん。そっか・・・・ちなみに私もファーストキス」

「そっか」

「ちなみに、キスの味はどんなのだった?」

「うーん、なんて言えばいいのかな。そうだ、一番近いのはアレかな。璃月の味」

「どうしてこー今の君は言い回しが怖いのかな」

「怖いかな?」

「うん」


 なんだか言われっぱなしは嫌なので、僕も逆に訊いてみることにした。


「璃月の方こそ、どんな味だったのさ」

「えー、うーん。あえていうなら・・・・鳴瑠くんの味?」

「あー、たしかにその表現怖いかも」

「ひどー」


 僕たちは笑い合う。

 ふと気づくと、もう10分以上イチャイチャしてしまった。もうそろそろお別れの時間が近い。それを知って、寂しそうな顔を璃月はする。


「鳴瑠くん、寂しそうだね」

「璃月こそ」


 お互い、同じような顔をしていたらしい。

 キスをしたことによって、もっと一緒にいたくなってしまった。

 そんな僕たちだった。

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