第6話 ポテト

「ポテトって、長いのが入ってたりすると得した気分になるよね」

「あー、わかる」


 賛同しながら璃月は、長いポテトを残しつつ別の小さいやつを食べる。

 ここはファストフード店ナックドナルド。通称:ナック。僕と璃月は何気ない会話をしながら食事をとっていた。

 小っちゃいポテトを食べながら璃月は「長いと言えばだけどさ」と前置きして。


「よく食べ物で遊んじゃいけないっていうけど、ポッキーってノーカンな風潮あるよね。よく合コンのとき、ゲームにされるし。合コン行ったことないから知らないけど」

「ポッキーゲームのこと?」

「そうそう」


 たしかに合コンでやってるイメージがある。僕も行ったことないから知らんけど。

 このあとデザートでポッキーを買ってやりたいって話しかな。

 それなら、


「食べ終わってからやる?」

「やらない。私、お腹いっぱいになってきちゃったから」


 どうやら小食らしい。

 それよりも、断られるとは思っていなかったので普通にショック。落ち込む僕がいた。

 僕のそんな思いはつゆ知らない璃月は何くわぬ顔でお願いしてきた。


「ちょっとお腹いっぱいになってきちゃった。鳴瑠くん、ごめんだけど。私のポテト、半分食べてよ」

「いいよ。トレー頂戴」

「やだ」


 そう言ってトレーを渡してくれない璃月。

 彼女はそう言いながら、ポテトを僕の口に持っていって優しく微笑む。


「食べさせたあげる」


 どうやらカップルがやっているイメージのある『あーん』をしてくれるようだ。

 僕は少し緊張しながらも口を「あーん」と開けて食べさせてもらう。先ほどまで食べていたポテトと同じ味なのに数倍、いや数百倍はおいしく感じた。


「おいしいです」

「どして敬語?」

「感謝の念を込めて」

「そっか、おいしかったんだ。君に食べさせてあげるの癖になりそう」

「なっていいよ」

「それじゃ、お許しもらえたわけだし、もっとやろうかな。私は君を変態にしちゃう」


 僕は口を開けてスタンバイ。


「はい、あーん」

「あーん」


 それを数回繰り返し何故だかはわからないが、璃月からのポテト供給はストップした。

 もう全て食べつくしてしまったのかと思い彼女のトレーを見る。そこにはまだ長いポテトが2本残っていた。


「どうしたの?」


 訊ねてはいるが別にくれとは言ってない。人のものを意地汚く食べる趣味はない。びっくりするくらい他にも趣味がない僕だ。

 ただただ璃月に食べさせてもらいたいだけだった(これも何かがおかしい気はするけど)。これを趣味にしてもいいくらいだった。

 とりあえず「もう食べさせてくれないの?」と視線で訊ねる。それが伝わったようで彼女は頷いた。残念でしかなかった。


「最初に君が言ってたじゃん。長いのは得した気分になるって。それを味わいたくて」


 そう言って、長いポテトをもぐもぐする璃月。

 1本食べ終わる。


「でもね、その得を君にも分けてあげたい私もいる」

「どういう意味?」

「言葉通りの意味・・・・はむ、ん」


 そう言って、最後の長いポテトを咥えて僕の方に突き出してきた。

 言葉にされなくてもわかった。

 逆側から食べろということが。ようするにポッキーゲームならぬ、ポテトゲームをしようぜ、との誘いだった。

 まさか、ここでポッキーゲームのくだりが生きてくるとは・・・・・。


「いいの?」

「ん。ひゃ、ひょっととおひなりゃ、ほっひひく?」


 どうやら『うん。あ、ちょっと遠いなら、そっち行く?』と聞いているようだった。たしかにテーブルが邪魔でポッキーゲームをするのはちょっと辛い。ポテト加えたまま移動させるのも悪いので僕が移動する。

 璃月の隣に座る。

 満を持して、僕は端からポテトを咥えた。


「はむ」


 近い。かなり近かった。たまに入っている長いポテトの長さでも近かった。

 顔の距離は10センチないくらいだろうか。

 短いポテトならもうキスをしていただろう。ドキドキを味わえないところだった。まぁ、ポテトの味とか、もうわかんなくなっている僕だけど。


「ひはいね(近いね)」

「しょうらへ(そうだね)」

「ろきろきしゅひゅ?(どきどきする?)

「めっひゃふりゅ(めっちゃする)」

「わりゃひも(私しも)」


 互いに「「はむ」」と近づく。

 当たり前だけど、さっきよりも近くなる。

 璃月のまつ毛長いなー、とか。いい匂いするなー、とか。唇ぷくっとしてて可愛いなー、とか。あれにキスしちゃいそうなのか、僕は幸せものだなー、とか。

 もうとにかく、そんなことしか考えられなかった。

 もう1回「「はむ」」。

 また、距離が近くなる。

 あと、1回でキスかな・・・・・。

 そう考えるだけでドキドキと、鼓動がうるさい。

 顔に熱を帯び、赤くなっているのが鏡を見なくてもわかる。

 璃月の顔も照れからなのか赤くなり始めていた。自分でやってきたのに。全く、そいうとこが可愛いな。

 そして、もう1回「「はむ」」と距離を縮めてゼロにしようとしたときだった。


「ちゅーしゅるのぉ?」


 と、アホ毛が特徴的な小さな可愛い女の子。

 僕と璃月は驚きのあまりポテトを噛み切ってしまった。


「「あー」」


 ポテトを離してしまったことに2人同時にガッカリして、女の子の方を見る。その子はテーブルくらいの背の高さで一生懸命背伸びをしていた。


「ちゅーしゅるのぉ?」

「しようとしてたんだけどね。貴女が邪魔したんだよ?」


 僕じゃない。

 言ったのは、若干キレ気味の璃月だった。


「しょーなにょぉ?」

「うん。恋人同士のちゅーを邪魔するのは悪いことなの。だからこれからは邪魔しちゃダメ。見続けるのは許すけど」


 それはいんですか?

 とりあえず、女の子は元気よく返事をするとどっかに行ってしまった。


「あと少しだったのに・・・・」

「気にやんじゃダメだよ、鳴瑠くん」

「見られながらのキス。背徳感が凄そうだったのに」

「そっちかー。ロリコン」

「違うよ。小さい子が好きなんじゃなくて璃月が好き。で、見られてると思うと興奮がより強くなるだけ」

「どの道、変態じゃん」

「かもね」


 何はともあれ、これ以上食べるものはない。

 いくら昼時ではないからと言って、ずっといるのも迷惑になる。トレーを片付けて、お店からでることにした。

 お店から出る時、店内にいた店員やお客さんが僕たちを見ていた気がした。

 特に見られるようなことをした覚えはなかったけど何かしたのかもしれない。今更気にしても仕方がないので気にしないでおく。

 とりあえず、楽しい遅めのお昼ごはんだったからよしとしよう。

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