エメラルド色の旅情

 エスオは、かけつけたユキエに連行されていった。敬礼…じゃなくて。

 ようやく本来の仕事を始められる。

 彼女がまだアルシャフネリーにいることを願うばかりだ。


「とはいえ」


 名前しかわからない。どう探せというのか。

 今思ってみれば中々に鬼畜な仕事じゃないか?


 いや、しかし旅人ということは聞き込みをすれば絞れるかもしれない。また、絵を描いているという情報も役に立つだろう。ベレー帽というのも、もしかしたら。


 やることは決まった。まずは誰かを見つけなければ。


「あ、あのー、そこの方!」


 歩いている女性に声をかける。買い物帰りなのか、手にはビニール袋を下げていた。ネギがひょっこりはみ出している。


「あらぁ、どうしたの?」

「え、えっと、最近ここに旅人が来ませんでした?絵を描いている⋯⋯。あと、ベレー帽をかぶっているかも」


 そうねえ、と記憶を探っている様子のお姉さん。

 やがて思い付いたように目を開き、


「ああ、いたわ。小さな女の子を連れてたわねえ。綺麗なエメラルド色の目をしていたから、よく覚えてるわ」

「本当ですか!あの、もしよろしければ、どこにいるかお教えいただいても?」

「んー、どこかで絵を描いていると思うんだけど。どこかしらねえ?」

「うーん。では、この辺りで街が見通せたり、風景が美しい場所を教えてください」

「それなら⋯⋯西の方にある高台と、山の方にある展望台ね。どちらから見下ろす花畑も、とっても素敵なのよ」

「なるほど。ありがとうございます」

「良いのよ、せっかくだし、人探しのついでに楽しんでいってね」


 優しそうに微笑み、去っていく。


 時計と太陽を見て西を見つけ、そちらを見てみると、確かに高台らしきものがあった。

 展望台は…恐らく、山肌に見える白い建物だろう。

 さて、どちらに向かうか。


「高台の方が絵を描くにはいいわね」


 恐らく展望台で画材を広げるということはあまりないだろう。

 そこそこ広ければ話は別かもしれないが。


 正確な道はわからないが、とりあえず方向さえあってればつくはずだ。

 洋服についているレースのような装飾がされたレンガの建物に挟まれた道を歩いていく。



 そして、目の前にはコンクリートの階段。恐らくここが高台だろう。

 少し緊張しながら、上がっていく。街並みが下へ下へと下がっていくように、景色が変わっていく。

 そして頂上には、人がいた。

 一人の、幼い少女だった。


「⋯⋯ただの人間という感じはしないわね」


 幼い少女は、遠くをぼんやり眺めていた。

 今の季節には不釣り合いな真冬に着るようなもこもこ生地のワンピースを着ているが、ノースリーブである。季節なんて気にしないということか。


「そこの子、ちょっと良いかな」


 勇気を出して話しかける。敵意があるかどうかはまだわからない。


「にゅ?」


 水色の髪を揺らして振り返り、少女の目がこちらを見つめる。朱色だった。

 つまり、目的としているベレーではないということだ。

 しかし、先程の女性は小さな女の子を連れていると言っていた。それがこの子である可能性は十分にある。


「あなた、ベレーって知ってる?」

「にゅ⋯⋯ベレーがどうかしたにゅ?」

「えっとー、探してるんだけどね」


 幼い少女は黙りこむ。

 エインが目線を合わせるためにしゃがもうとしたときだった。


「お姉ちゃん」


 少女は俯きながら、


「どこの機関の人?」


 なにかを察知したエインは素早く身を後ろにひく。

 ほぼ同時に、少女の周りに赤い火花が散る。


 バチバチと音をたてて散るそれは、恐らく⋯⋯


「電撃ね。やっぱり普通の女の子じゃない」


 少女は赤い電気をまとい、飛び掛かってくる。

 間一髪でかわすと、星形の銀の塊を生み出し、ひょいひょいと投げる。

 少女はそれをかわしたが、それらが地面にぶつかると、拡散し、小さな粒となって少女を追いかける。


「うにゅ!」


 火花を散らして払いのける。見た目に反して、一筋縄ではいかなそうだ。


「あなた、人間じゃないわよね」


 どこの機関の人。たしかに彼女はそう訊ねた。だとするとやはり⋯⋯。


「……」


 少女は答えない。代わりに、火花が飛んでくる。


「っ、これ、熱い!」


 火花は高い熱を持っていた。もちろん、通常よりも高い温度だ。


(赤い火花⋯⋯赤い火花。一体『誰』?)


 頭のなかに浮かべたのは、周期表。

 しかし。


(候補ぉ⋯⋯ありすぎんよぉ⋯⋯)


 そういえばまだあんまり集まっていないのだった。

 そのように考えていたのが原因で、火花の線が一本、直撃した。


「っ⋯⋯!」


 普通の電気ならばなんともない。しかし、確かにダメージがある。


「もう、大人げないとか気にしなくてもいいわよね?」


 エインはにやりと笑うと、先程までは比較的穏やかだった攻撃が激しくなっていく。


「にゅっ!」


 銀の粒を避けきれなくなっているが、攻撃は最大の防御と言わんばかりに雷撃も激しくなる。


「熱くて赤い電流、もしかして⋯⋯っと!」


 不規則な軌道が予測をさせず、エインにも確実にダメージを与えていく。


 もうそろそろ日が沈もうとし始める時間だった。

 静かな高台に、電撃の音と銀塊が拡散するときの、明らかに自然界に存在しない音が響いていた。


「あーもう、やるしかない!」


 エインが叫び、大きく後ろへ飛ぶ。

 その時、


「リチェ!下がりなさい!」


 その声は、階段の方から聞こえてきた。ベレー帽を被った少女が、こちらに歩いてくる。


「私が代わりにお相手しましょう」


 幼い少女の前に立ち塞がった彼女の手には、筆が握られていた。その瞳の色は、美しいエメラルド。


「あんたがベレーね」

「いかにも。私を探すなんて物好きだね。もっと面白い元素があるんじゃない?」

「あんたも⋯⋯」

「ほら、やっぱり探すなら他の元素でしょ?旅のなかでも話はよく聞くよ。やっぱり水素とかそこらへんよ。金とか銀もよく聞くね。案外銀の方が需要あるかもーとかね」

「マジで?」

「まあ、とりあえず相手はしよう」

「ベレー」

「大丈夫、離れてなさい」


 リチェは渋々その場を離れる。

 エインもその背を追ってまで倒すほど大人げなくはない。


 明らかに普通のものではない筆を構え、じっとエインを見据える。

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