花の町アルシャフネリー

 どれくらい追いかけっこをしたことか、街から少し離れた平地にたどり着いた。


「はあ⋯⋯はあ⋯⋯もうそろそろ大人しく捕まりなさいよ!」

「うう⋯⋯いざとなれば力業よお!」


 エスオがそう叫び、両手を横に広げると、青い火の玉がぼんやり現れる。もし夜のお墓にいるとすれば、相当不気味だろう。


「そっちがその気ならやってやるわ!」


 手の中に黒い塊を数個生み出し、弾のごとく撃ち出す。

 青い火の玉はくねくねと動き、避けにくい。


「あたしには当たらないけどね!」


 ひょいひょいとかわし、攻撃も緩めない。


「ううーっ、戦闘なんてしないのよおー」


 なんてことは言っているが、すいーすいーと避け、簡単には負けてくれなさそうだ。おや、何やら腐乱臭が⋯⋯。どこにそんな量の水素を持ち歩いているのだろうか。


「本当、思うように戦えないだなんて不便だわー」

「煽ってるの!?煽ってるのぉ!?」


 次第にエスオは防御に徹していく。一方的な攻撃となっていき、勝負はついたようなものであった。が、エスオは粘り強い。


「だいたいあんた、何が目的であの電車に乗り込んでたのよ?」

「そ、それはぁ⋯⋯そのぉ、別にぃ⋯⋯どこかにお出かけして爆発とかしようとしてたわけじゃ…」

「おーけー、地獄フェルニー送りだ。覚悟しろ」

「ええっ、あなた普通に強いじゃないのぉっ!!」


 急に黒い塊が増え、動きも素早くなった。エスオは対応しきれず、塊の攻撃を受けて、芝生の上に倒れる。


「ろ、老体は労っておくれぇ⋯⋯」


 へにょんと力なく身体を起こし、大人しくなる。

 エインはどこかへ電話を掛けていた。


「あーもしもし?なんか硫黄さんを見付けたから連れてって欲しいんだけど。あー、アルシャフネリーの⋯⋯なんだここ。まあ、うん。駅につれてく。うん。よろしくー」


 電話を切り、ポケットにしまうと、エスオの前に立つ。


「とりあえずこれ、なおしてくれる?」

「これ?ああ、わかったよぉ⋯⋯」


 エスオが手を伸ばすと、エインの姿が元に戻っていく。


「あー、これよ。しっくりくる感じ!」


 くるんと一回転したあと、再びエスオに向き直る。

 少し身を屈め、手を差し出す。


「んじゃほら。連行よ、連行」

「うっ⋯⋯致し方ないかぁ」


 今度は硫化することなく、手を引っ張りあげる。


「あんた、悪いことしなさそうなんだけどね。典型的ないい人っていうか」

「そう?私もちょっと魔が差しちゃったのかも、ねぇ」


 エスオの瞳の光が一瞬陰ったのをエインは見逃さなかった。


「そ。まあ、実害がないから何とかなるわよ」


 しかし敢えて触れることはせず、軽く流した。聞く必要などないし、わざわざ話させる必要もない。

 そういう理由を、誰が聞くわけでもないのに、心のなかでつけた。


(硫黄だからと鼻をつままれ続け早数十年⋯⋯挙句の果てには石を投げられ、ぐすん)


 そんなことを考えていたのだが、エインは知る由もない。




 花畑が見下ろせる丘の上に、二人の少女の姿があった。


「んー、やっぱりこの手で絵を⋯⋯世界を生み出していると考えると、感慨深いものがあるね」


 キャンバスの中の花に色をつけ、綺麗に咲かせるのは、ベレー帽に、トレーナーとズボンというシンプルな服装の少女。


「かんがいぶかい?」


 横で見ていた幼いもこもこ少女が、首をかしげながら繰り返した。

 もこもことしたワンピースは、まるで羊のようだった。


「土に水が染み込むように、心に深く、しみじみーっと、何か、素敵なものを感じるんだよ。多分」


「にゅー」


 あまり理解できていなさそうな様子を見て、正直私もよくわからないのよねー、と筆を動かしながら笑う。


 モデルというモデルはない。ただ、風景を見て、思ったままに、自分なりに表現するだけだった。

 そこに根付く生命の活力や意志。感じた通りにそれを描いた。

 特に目的はない。描きたいと思うから描くだけである。


 好きなように行動する。やりたいことをやる。旅空の住人として生きることを決意した所以である。


「まあ、いつまで続くかわからないけどね」


 キャンバスを眺めながら、ぽつりと零れた言葉だった。

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