汽車に揺られて数十分

 枯れ木の一件から一週間後。


「まーぐー⋯⋯」


 机に突っ伏して唸るマグナ。狭く感じる部屋に置かれた机には画面やキーボードなどがごちゃごちゃ置いてある。

 その沢山あるものを、器用に使い分けている。身体の小ささからは想像もできない技能だ。


「あまり根詰めすぎないで、休憩も肝心ですよ」


 紅茶をもって、フェルニーが入ってくる。


「マグ。でも、元素は順調に集まってはいるものの、扱いようによっては大変なことになる元素は所在も危険度も不明マグ」


 座ったまま、地面に全く届いていない足をばたばたさせる。


 Elementsにいる元素は、人に敵意を持っていない。しかし、全ての元素がそうとは言い切れない。

 もし、望んで人に害を与えたならば、同じ元素であるこちらとしても黙っていられないのである。


「ほら、お茶でもお飲みなさいな」


 フェルニーが紅茶を差し出すと、目を輝かせてそれを受けとった。


「今のところ元素が絡んでいそうな被害は出ていないようですが⋯⋯ちょっとした情報を仕入れました」

「マグ?」

「ふふ、旅人ベレーのお話は覚えていらして?」

「もちろんマグ」


 数日前、エメラルド色の瞳の旅人についての話を聞いた。

 各地を転々としており、魔術を活用した絵を描いては現地の人にプレゼントするというのだ。

 素性が謎に包まれた少女である。


「謎がある人はとにかく確認。ということですので、これから誰かをアルシャフネリーへ向かわせましょう」


 アルシャフネリー⋯⋯花の町と呼ばれる場所だ。

 スイジーとエインが行ったフィスプとは反対側の方向にあり、ビアンカからはそこそこの距離がある。とはいっても遠い訳ではない。


「つまり、アルシャフネリーにいるということマグね」

「ええ。まだいるはずです」


 そしたら、誰を向かわせようか。

 暇そうなのは⋯⋯。


「エインを向かわせるマグ」

「承知」


 即決だった。

 数分後にはもう、エインは列車に揺られていた⋯⋯。




 あらすじ!よくわからないけどベレーとかいう人に会いに行くことになったよ。


「なんか解せない…」


 確かに暇だったし嫌でもないしなんの問題もないのだが。


 どこか解せないところがある。


「きゃほう!」

「⋯⋯」


 常に暇な人というイメージを持たれるのは、ちょっといただけないお話であり⋯⋯。


「あの、大丈夫ですか?」


 さすがに隣で盛大にすっ転んだ人に手を差し伸べないわけにはいかなかった。


「あ、ご、ごめんなさいねぇ⋯⋯どうもどうも」


 手を握った時、事件は起きた。そう、事件は列車で起きてるんだ!


 紺色の着物を着た穏やかそうな少女の手に触れた瞬間、エインの体に異変が起こった。

 銀白色の髪はあっという間に黒く染まり、瞳は黄色く変化した。


「⋯⋯」


 黒く染まった自らの髪を見て驚くエイン。


「⋯⋯」


 互いに硬直する。


「あの、あれ?」


 目をぱちくりさせる着物の少女。


「と、とりあえず立ちましょう?」


 なんとか場を繕おうとして口に出たのはそんな言葉だった。

 地面に膝をついた状態のままにさせるのも申し訳ないだろう。



「え、えっとぉ、ごめんなさい?」


 未だに状況が理解できていない着物少女。


「大丈夫ですよ。あの、お名前をお伺いしても?」


 エインは何となく予想がついており、どうすれば然り気無くそれを確かめられるかを悩んでいた。


「ああ、わたくしはエスオと申します。お初お目にかかります」


 のんびりゆったりと喋る着物少女からは悪意は感じられなかった。


「あ、名乗り遅れました、あたしはエインです。えっと、あなたは今どこへ向かっていたのですか?」


 しまった。今の聞き方は少し怪しいだろうか。


「えっ?⋯⋯ええと、えっと」


 目を泳がせている。

 怪しいのは向こうだった。


「硫化」

「あ、そういうこと⋯⋯ではなくなんのことでしょう!」


(まともに悪役できない人だわ、絶対)


「硫黄くらいよ、あたしを真っ黒にできんの。ち、ちょっと油断してたって言うのもあるけど!」


 元々硫黄だとわかっていれば硫化を最小限に食い止めることはできた。そう、できたの!!(エイン談)


 まさかこんなところで硫黄と出会うとは、夢にも思ってもいなかった。

 連れ帰ればそれは充分な成果だ。


「………」


 件の彼女は、動揺しすぎて目が波に逆らい大海を泳いでいる。


『間もなく、アルシャフネリーに到着します。お忘れものをなさいませんよう、ご注意ください』


 アナウンスがかかり、エスオはハッとして席を立ち上がる。


「つつつ次の駅で降りますのでぇ!」

「奇遇ね、あたしもよ」

「⋯⋯」


 エスオは完全に諦めた表情をしていた。



 列車が止まり、二人はアルシャフネリーに降り立つ。

 高台にある駅からは、花畑が見える。噂で聞いたことがあるのだが、アルシャフネリーにしか咲かない花があるようで、それらは季節ごとに変わった花を咲かせるらしい。


 無言のまま二人で駅を出ると、ようやくエインが口を開く。


「じっくりお話を」

「そ、それはぁちょっとぉ!!」


 びゅばんっ!と高速で逃げ出すエスオ。着物なのによく走れるなーと思ったが、よく見たら飛んでい…あれ、わずかに腐乱臭が⋯⋯。

 なるほどなるほど、気体になれば空も飛べるはず。


「じゃねーわ待ちなさいっ!あとこれ戻せ!」


 エインも後を追いかける。


 すれ違うアルシャフネリーの人々は、不思議そうにその光景を眺めていた。

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