遠き記憶と近い愛

 スイジーは、廊下の端を俯きながら歩いていた。


「⋯⋯」


 窓から外を見ると、緑の木々が風に揺れている。少し離れたところには、ビアンカの港、そして輝く海も見える。


 綺麗な景色を見るのは好きだ。けれど、見る度苦しくなる。あの綺麗な景色を、自分自身の手により壊したと思うと。


 見たいけれど、見たくない。これが、コンフリクトというものか。


「こんなところで何をしているんですか、ど腐れお嬢様」

「ひゃ!」


 驚いて声のした方を向くと、そこには、スイジーより少し背丈の低い少女がムスッとしながら立っていた。

 普段の彼女がほとんど見せることのない態度である。


「⋯⋯会っていきなり罵倒されるような覚えはないのだけれど」


 その姿を確かめると、ツンとしながら返す。

 顔がぱあっと明るくなっていたことに本人は気がついていない。


「全く、嫌でも人通りの多い道を選べと何度も言っているじゃないですか。それか一人で歩かないこと。歳のせいで難聴なんですか?」

「うぐっ」


 それに関しては言い返せない。


「探してもいないし、全く⋯⋯」

「……エルシー」

「何ですか?」


 名前を呼ぶと、視線だけ向けて応えた。


「私を探していたって、どうかしたの?」

「……」


 エルシーは硬直する。滑らかに目を逸らすと、


「別に。注意と監視に来ただけです」


 素っ気なく呟いた。




 そして舞台は移り、Elementsがある山の途中に置かれた丸太椅子。


 金髪ツインテールの妖精のような少女と猫耳カチューシャメイド服の黒髪少女が、並んで座っていた。


「クロルちゃーん!ニケの愛しのクロルちゃーん!」

「ちょ、こ、こんなところで⋯⋯もう!」

「えー?クロルちゃんは、ニケに抱きつかれるの、イヤ?」


 抱きついたまま、黒い瞳で見上げるように見つめる。確信犯(誤用)である。


「っう、い、嫌じゃないけど」

「それじゃいいでしょ?」

「うう」


 どういう原理か猫耳をピコピコさせ、尻尾をピンと伸ばして震えるクロル。

 これが、こんふりくとというものか。


「で、でも、ニケ、私⋯⋯」

「なあに?」

「私、ニケとの時間は二人だけがいいの」

「⋯⋯」

「あ、その、やっぱり気にしな」

「ああああああ萌え死する可愛い愛してるっ!」

「え?」

「殺す気?殺す気なの?ニケを萌え死させるつもりなのね!無事昇天しましたありがとうございます!とっても可愛いですありがとうございますこの世にクロムという元素を生み出してくれてありがとうございます!でも残念、この可愛いクロルちゃんはニケのなんだな!誰にも渡しませーん!ニッケルといえばクロム!クロムといえばニッケル!合金のニクロムは有名!ところで二クロム酸カリウムって紛らわしいよね!ニケたちは世界から認められているんだなーあ!大金つまれても世界が滅んでも譲らないんだなぁー!ニケたちの愛を邪魔するものは刹那に塵に還します!いや、塵も残さず消滅させます!ニクロムに誓います!」

「え、あ、の、え?」


 暴走するニケと困惑するクロル。


 横でバット片手に立つフェルニー様に気が付くのは、もう少し後の事。

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