心の中はマイナス何度?

 それは、何年も前、ある日の理科の授業のことだった。

 プリントにはたくさんの元素の名前が並んでいた。

 しかし。

 その中で。

 窒素だけが擬人化されていなかった。

 そしてさらに。

 テストで漢字間違えた。おまけでマルしてもらったけど。

 まあそんなことが積もっていて、とりあえず言えることは。

 窒素は不幸薄幸不運⋯⋯。


「私になんの責任もないだろ!!」


 チエちゃんこと、窒素に怒られた。




「⋯⋯だってさ。凄いしつこかった」

「へえ、エインちゃんが?」


 薄灰色の髪と瞳の常識元素チエは、廊下を歩いていたらエインに出会ったらしい。

 すると、今日スイジーを助けた話を延々と聞かされたそうだ。

 いやあツイてない!!


「⋯⋯」

「ち、チエちゃん、次元の壁は越えちゃダメよ?」

「善処する。それにしても、エヌーゼ。何を混ぜているんだ?」


 薄い銀色の髪に黄色の瞳、真っ黒なドレスを着た少女は、白い手でビーカーの中の何かをかき混ぜながら、ウィンク。ナトリウムさん。


「ひ・み・つ♥」

「ああそうか知ってた」


 無表情で返す。


「もう、あなたが聞いたのに冷たいわねえ」


 仕方ない、言動がいつもアブソリュート・ゼロだから。


「誰が絶対零度だって?」

「チエちゃ~ん、次元の壁が~」


 越えたい~。


「にしても、小さなボディーガードさんは一緒じゃなかったのかしら?」

「ん?ああ、さっきの話か。あいつのことなら、さっき広間に居たのを見たが」

「あの子、不思議とスイジーを気にかけているものねえ。化学的な関わりはあるにしろ薄いのに。化合物を作るとか、医療関係の役割を交代したとか」

「⋯⋯いいんじゃないか、性格の問題だろ。心を持っている以上、そういった枠に囚われない関係性が生まれてもおかしくない」


 年中真冬のチエにも、感情はしっかり備わっているのです。


「ふふ、それもそうね〜」


 かき混ぜていたビーカーの中身を容器に移すと、蓋を閉めて密閉する。

 近くに似たような容器がいくつかあり、箱に詰められている。

 怪しいもの⋯⋯ではなく、エヌーゼは、薬品調合などの依頼を任されているのだ。たまにチエも手伝っている。


 本来はエヌーゼの得意分野ではなかったが、他に出来そうな人がおらず、やっていくうちに技能が身についていった。

 これは、人の器を得たことの利点だろう。


 そう考えながら様子を見ていると、突然ノックの音がした。


「どうぞ~」


 エヌーゼが言うと、ドアを少しだけ開けて、少女が顔を覗かせる。


「あら、エルシー。珍しいわね、何の御用かしら?」

「いえ、人を探してただけです。居ないみたいですね」


 失礼しました、と素っ気なく残して去っていく。

 二人はしばらくドアを見つめ、顔を見合わせる。

 そして、春に咲く花のように小さく微笑んだ。

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