可憐な少女にはご注意を
絹のように滑らかな、ウェーブがかった白い髪。
磨かれた陶器のように白い肌。
力を込めれば折れそうな、桃の枝のように華奢な身体。
洞窟の奥に秘められた泉のように、無垢な瞳。
魅せられぬ者はほとんどいないであろう、見目麗しゅうお嬢様。
そんなわけなので。
「お茶だけでも、ね?」
「そ、その、けっ、け⋯⋯結構、です」
銀のように澄み渡った声で答える。
絶賛ナンパされ中である。
「そんなこと言わずにさ~」
引き下がらない、しつこい男。嫌われるよ。
しかし、美しい金属には毒があるのが鉄則であり。
「ちぇいやー!」
涙目になっていた少女の後ろから、何かが飛んでくる。
毒ではなさそうだ。
「うちのスイジーに何してんのよ、某ハロゲンに殺されるぞ!」
銀髪ポニーテールの小柄な少女。青銀の瞳で、吹っ飛ばされて倒れた男を見下ろす。
彼女はエイン、銀である。
そして、スイジーもまた元素であり、水銀だ。
「………あの、エイン。気絶⋯⋯しちゃったみたい」
「え、嘘ぉー!ドロップキックは強すぎたかー」
てへぺろっ★と、明らかに故意であることを全面に押し出す。
「それは置いといて、スイジー!」
「ひゃいっ!」
スイジーよりも少し背丈の低いエインは、ずいっと詰め寄って見上げる。
「全く、はぐれたと思ったら⋯。あんたももう少しはっきり言うこと!ダメそうなら殴る!」
「⋯⋯はい」
「それじゃあ行くわよ。約束に遅れちゃうわ!」
エインはスイジーの手を引いて、走り出す。
「今日はElementsから、先生に来てもらいました!」
上手から顔を出すと、そこにはたくさんの顔があった。
「大丈夫大丈夫」
エインが背中を押すので、進まざるを得ない。
ざわめく子供たちに笑顔を向けながら、ぺこりと礼をする。
「スイジー、これは第本を読むお仕事よ」
「わ、わかった」
スイジーは深呼吸をする。マイクの前に立つ。
「皆さん、こんにちは」
こんにちは、と、群衆も返す。
「ご紹介にありましたとおり、Elementsより参りました、スイジーです」
「エインです」
「今年で初等学科四年生だという皆さんには、お教えすべき大切なことがあります。皆さんの中には聞いたことがあるという方もいらっしゃるでしょう。魔術についてです」
二人が任された仕事。それは、10歳を迎える子供たちに、魔術について説明することだ。
ビアンカなどエルスメノス王国北部では、通過儀礼のごとく行われることが多い。
「魔術。絵本に出てくるようなものをイメージしてください」
例えば、一夜限りの舞踏会。例えば、永遠の眠り。
それを現実にするのが、魔術である。
スイジーは左手を横へ伸ばし、マイクも拾わないような声で何かを呟く。
すると、青い炎と共に、銀色のフクロウが生まれる。
舞台下を飛び回ると、所々から歓声が聞こえた。
フクロウは戻ってくると、溶けるようにして消えた。
「今のも、魔術です。魔術には、本当にたくさんの種類が有ります」
実のところ、魔法と組み合わせたものだったが、言わなければわかるはずもないだろう。
「魔術を使う人のことを、魔術師といいます。ビアンカも含めて、エルスメノス王国の北には、たくさんの魔術師がいます。それをお仕事としている人もいます。皆さんにも、その才能があるかもしれません」
魔力さえ身につければ、誰にでも使える。国境警備や農業、薬作り。それらの仕事に就く割合は、圧倒的に北方民の方が高い。
国境警備については、南側は海に面しているのに対し、北の国ヴィザーパンと続いているのが理由としてあるだろう。
「しかし、魔術は一歩間違えれば大変なことになってしまいます。それは必ずしもあなたの意志に関わる訳ではありません。もし魔術師を目指すのなら、その覚悟を持って、挑んでください。また、そうでない人も、理解してあげてください」
会場の空気は静まり返っている。
「力の使い方を誤れば、それは誰かを傷つける凶器となります。その刃先は自分にも向きかねません。これは、命に関わることです」
清流の如く広がる声だけが、場を包み込んでいた。
このようにスイジーは、その豊富な魔術知識を活かして、人々に教えることがある。性格的に一人では無理なので、同じく魔術を扱える元素であるエインにも付いてきてもらっているのだ。
スイジーの人見知りを少しでも改善しようとしたフェルニーの采配でもあるのだが、未だ効果は現れていないようだ⋯⋯。
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