日常
石造りの大きな建物。ここはElements。
その近くにある、柵に囲まれた牧場。
エルスメノスの暦においては、今は皐之月。五月に相当する。
若々しかった草も、随分とたくましくなってきた。
「ちみどろちゃん、今日はちゃんとご飯を食べてくれたんですね」
橙色の三角巾とスカート、黄色いセーター、金銀のオッドアイのふわふわ栗毛少女、キャシィ。カルシウム。
この農場の管理を任されている元素である。
物騒な名前の牛を愛おしそうに撫でながら、微笑む。
「他はそれほど異常はなかったし、ただの食欲不振かな」
家畜として飼われる運命が決まっているなら、せめてその一生をじっくり堪能してほしい。
身勝手な願いだと理解はしているが、キャシィは心からそう思っている。
Elementsは、ビアンカの市場を奥に進んだ方にある小さな山のてっぺんにある。一応、ビアンカの許可をとって運営しているのだが、町長は見返りとして、牧場や畑を営み、収穫物の一部を町に納めるように求めている。町長の素敵な計らいである。
「ふう⋯⋯一旦戻って休憩しましょう」
それにしてもキャシィ、独り言が多いのである。
建物の裏にあるドアを開けるや否や、賑やかな声たちが飛んでくる。
いつも通りの、明るいElementsである。
「キャシィ、お疲れ様マグ!」
とてとてと駆けて来たのは、金色ツインテールの小さなメイドさん、マグナ。マグネシウム。
「カフェオレでも飲むマグ?」
「あっ、飲みたいです!」
そう言うと、マグナはグッと親指を立てると、カウンター裏へと走り去る。
キャシィは、カウンターの椅子に腰掛ける。
彼女たちには、食事、睡眠は必要ない。
とはいえ、美味しいものを食べるのは幸せなことであるし、疲れれば眠りたくもなる。
したければすればよい。したくなければしなければよいだけだ。
特別誰かに迷惑をかける訳でもないのだから。
「お疲れ様でございます、キャシィ様」
カウンターには、もう一人メイドさんがいる。
銀色のツーサイドアップで正統メイド衣装、優しい笑顔のフェルニー様。鉄。
「は、はい!」
「あなたがいてくれて良かったのでございます。動物達もよく懐いていますし」
「い、いえ!そんな!!」
とても嬉しそうに謙遜の言葉を述べる。
「キャシィ、どうぞマグ」
「ありがとうございます」
キャシィの前にグラスを置く。カウンター裏にはマグナが乗るための台が用意されている。
(マグナちゃんは、小さいのに凄いなぁ。)
せっせと働くマグナを見ながら、そんなことを考える。
(それに比べて私は、そもそも金属としての需要に差があるし、理科の学習でも人気ですよねマグネシウムって、私だって炎色反応があるのにそもそも金属だっていう認識も余りされていなかったですしあとそれに)
ピンポーン、と、キャシィの思考をチャイムの音が遮る。
入口近くにあるチャイムを押すと、カウンターにある機械も音を鳴らすのだ。
「来客のようですね。エルシー」
「わかりました」
フェルニーは、カウンターに座っていた、エルシー、金色の短いウェーブヘア、刺々しい黄色の瞳、塩のように白いワンピースとヒールを身に付けた少女に声をかける。塩素である。
マグナほどではないが、幼く見える方だ。
エルシーは、玄関に向かう。
訪ねてきたのは青年のようだった。
少し話し込んだ後、紙を受け取り、青年を見送ると、カウンターへと戻ってきた。
「依頼でございますか?」
「はい。わざわざアンダンサから来てくださったようです」
アンダンサとは、臨海集落と呼ばれる小さな村だ。エルスメノスの南海岸の中央辺りに位置しており、漁業が発達していることで有名である。
「では。はい、登録しておきますね」
Elementsの依頼管理方法は、依頼ごとに番号を設定し、解決して番号が開くと、そのあと届いた依頼は、空いている番号にに、小さい数字から詰めて登録されていくというものだ。
「エルシー、彼女はもう出発しました?」
「出発?ああ。いないので恐らく」
少し笑みが崩れたような気がしなくもないが、キャシィはカフェオレが美味しいのでスルーすることにした。
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