……殺されたのは、俺が拾ったケータイの待受画面の女ということか?


 俺は暫く呆然としていた。




 後日、知ったのは、山中で殺されていたのは、長谷川理奈はせがわりな。21歳の大学生ということだ。死因は首を絞められたことによる窒息死。新聞には、一人でハイキングをしていた理奈を暴行目的で襲い、抵抗されたため殺害に及んだのではないかとあった。犯人はまだ捕まっていない。


 いずれにせよ、理奈を助けてやれなかったことが悔やまれた。


 だが、ふと思った。若い女が一人でハイキングをするだろうか? もしかして連れがいたのでは……。


 俺の瞼に、あの、待受画面の女の顔が浮かんだ。笑顔から徐々に歪んでいった、あの、苦しそうにしかめた顔が……。


『……た・す・け・て~』


 幻聴かもしれないが、そう聞こえた。あの、喉を絞められてもがくような声が、今も耳に残っていた。


 責任の一端を感じた俺は、理奈を殺した犯人を自分で挙げようと思った。看護師の恋人とはたまにしか会えないし、実家で暮らすフリーターの俺には余るほどの時間がある。



 まず、理奈が通っていた都内のキャンパスに行くと、正門の前で学生が出てくるのを待った。


 俺は理奈の友人を装うと、ペチャクチャ喋りながら出てきた二人連れの女子に話を訊いた。


「――友達は何人かいたみたいよ。中でも、杉本さんとは仲が良かったみたい。杉本ミキっていう人」


 ポッチャリのほうが答えた。


「犯人、まだ捕まってないんでしょ? おっかない。一人旅なんかするもんじゃないわね」


 鼻に皺を寄せたもう一方が、ポッチャリに同意を求めた。


 二人から情報を得ると、杉本ミキがバイトしてるという喫茶店、〈ルノR〉に向かった。“スレンダーな美人”。それが、ミキの特徴だそうだ。




 そこに行くと、ミキは一目で分かった。二人のウエイトレスのうち、もう一方は小柄なグラマーだったからだ。


「いらっしゃいませ」


 注文を取りに来たのはミキだった。


「あ、ブランドを」


「プッ」


 ミキが小さく噴いた。


「あっ、間違えた。ブレンドを」


 俺は頭を掻いてみせた。


「ブレンド、かしこまりました」


 ミキは、俺のジョークをさらっと流すと、仕事の顔に戻った。


 ……脚、長げー。


 背を向けたミキの、ミニスカートから伸びた細い脚に俺は愕然とした。


 ……俺の股下より長いかも。一緒に歩きたくねー。




 それから何度か〈ルノR〉に行き、ミキと顔見知りになると、外で会うまでに漕ぎ着けた。


「――休みとか、何してんの?」


「……今は、どこも出掛けないわ」


 ミキが沈んだ表情をした。


「今はって、どうして?」


「……親友を亡くしたの」


「えっ?」


 俺はわざとらしく驚いてみせた。


「……だから、どこに遊びに行っても楽しくなくて」


「病気で亡くなったの?」


「ううん。……殺され……て」


「えーっ!」


 俺は驚いた顔をミキに向けた。


「誰に、いつ?」


「……×日。奥多摩で死んでいるのをハイカーに発見されたの。ピンクのパーカーだった。犯人は、……まだ捕まってないわ」


(ピンクのパーカーを着ていたのか。……ん? 新聞読んだけど、そんなこと書いてあったっけ?)


 その時、ミキのケータイの着信音が鳴った。バッグから出したミキのケータイを見て、俺は目を丸くした。

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