エピローグ

Ⅰ.静香の決意

 夜更けに自宅に戻った静香は、母親の「おかえり」の声を無視し、一直線に和室へ向かった。


「失礼致します」


 外から一声掛けてから、静香は障子を開け入室する。力強く歩を進め、以前と同じように祖母の前に正座した。


「遅かったな。ちゃんと友達に別れを告げてきたんか?」


 祖母は静香のほうを見もせずに問う。静香は黙ったままだ。


「なんや? 言い訳でもするんか?」


 祖母が呆れたように息を吐く。


「言い訳はしまへん。する必要もありまへん」


 静香はまっすぐ祖母を見つめる。


「なんや、そないに怖い顔して。躾の悪い子やな。ほな、なにが言いたいんや?」


 祖母も負けじと鋭い視線を静香に向ける。静香の目には、祖母が恐ろしい妖怪のようにも見えた。静香は奥歯を噛みしめ折れそうな心に抗う。


「友達が出来ました。大切な友達が」


 答える静香の目は潤んでいない。まっすぐに祖母と向かい合っている。弱虫で、泣き虫な少女の面影はそこにはなかった。祖母が大きく息を吐いた。


「まったく。どこで育て方間違ったんやろか」


「間違ってなんかおまへん。泣女としての役割はしっかり果たします。大切な人がいることで強くなれるということを、あてが証明してみせます」


「そうか。ほな、わしはもう口出しはしまへん。アンタの好きにしたら宜しい。その代り、わしはもうアンタのことを孫とも後継者とも思わへんからな」


 静香は拳をぎゅっと握りしめた。


「結構です。あては、……あてはお婆はんとは違うやり方で、これからも呪いに寄り添うつもりです」


「わかった。もう出ていき。顔も見たくないわ」


 そう言って祖母は身体ごと静香から背けた。


「失礼しました」


 去り際にもう一度一礼し、静香は祖母の部屋から退出した。





「言いたいこと、言えたんか?」


 リビングに戻ると、食卓に腰掛けていた母が優しく声を掛けてきた。


「……うん」


 静香が頷く。


「そうか。……アンタは、強い子やな」


 そう言って優しく微笑みかける。静香はそんな母の元に駆け寄り、その胸に顔を埋めた。母親の手が愛しい娘の頭を撫でる。


「静香。アンタはうちの自慢の子や。世界で一番、優しくて強い。自慢の娘やで」


 静香は、幼い頃に戻ったように母の胸で泣き続けた。

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