二十一

 二人の共感石が、力を抑えきれずに弾けるように光を放っている。


 二人の漫才を聞いていた静香の顔にも笑みが零れた。涙で情魔を抑えながら、泣き笑いのような恰好になっている。


 麗奈の口角も上がっている。呆れて怒りも薄れてしまった。


 ――でも、それでよかった。


 二人には分かっていた。この部屋に溢れる【楽しい】という感情を。それはこの部屋の中にある、どの感情よりも強いことを。




 情魔がこれで最後とばかりに大きくその拳を振り上げた。

 静香はその霧の結界を解いた。四人の身体は無防備に晒されている。

 麗奈もその十字架を下ろした。髪を優雅にかき上げる。




「いくでぇ! 【アルティメット・ラッフィング・エクプロージョぉぉぉぉン】!」


 照美が大声を出し情魔を指さす。照美の胸から一筋の光が飛び出し、情魔の身体に突き刺さる。


「おれの分ももってけ! ある、なんとか、プロージョン!」


 明人がリストバンドを付けた腕を突き出した。照美のものと同じように光が情魔に突き刺さる。


「いっけぇぇぇぇぇ!」



 二人の声と気持ちが重なった。



 真っ黒に染まっていた情魔の身体の内部から、一つ、二つと光の穴が開く。


「そんな! そんなはずは!」


 米澤が戸惑いの声を上げる。


 米澤の願いもむなしく、情魔の身体にはすでに無数の穴が開いている。

 そしてほどなく、情魔は内部の力に耐えきれず、その身を大きく膨らませたかと思うと、巨大な破裂音と共に爆散した。




「たーまやー」


 照美が陽気に声を上げた。そして明人と目線を交わし、大きくハイタッチをした。


「さぁ、次はアンタの番やでぇ、米澤ぁ」


 照美が悪い顔をしながら、米澤に近づいていく。が、どうやら米澤の様子がおかしい。


「あ、アハ。あハは。クひひ。くヒー!」


 床を転げまわり胸を掻きむしり笑っている。口からはブクブクと泡を吹いている。


「なんやこいつ。おかしなったんか?」


 明人は奇妙な動物を見るような目で米澤を見る。


「おそらく、感情が逆流したんじゃろう」


 独朗がよろよろと近づいてくる。


「……爺ちゃん。逆流って?」


「あれだけの情魔を制御するような装置じゃ。暴走した時の反動もすごいものになるじゃろう。サンディーと明人くんの力を受けて、装置がその力を御しきれずに彼の身体を襲ったと考えられる」


「えー、じゃあコイツのこともう懲らしめられへんってこと?」


 照美が不服そうに口を尖らせた。


「こんな、こんなヤツのせいで、カツ兄が……」


 明人がゆっくりと米澤に近づき、床に落ちていた拳銃を拾う。それは明人の想像以上に冷たく、重たかった。


「あ、明人!」


 照美の声がどこか遠く聞こえる。明人はゆっくりと銃口を米澤に向けた。心臓の鼓動が腕にまで達し、呼応するように銃口がぴくりぴくりと跳ねている。

 人差し指に意識を集中しようとしたその時、明人の持つ拳銃に優しく乗る手があった。


「やめなさい」


 独朗が拳銃をゆっくりと掴み、明人の手から奪い取った。


「で、でも、ドック……」


 明人の目から涙が零れ落ちる。怒りと悲しみと不甲斐なさの入り混じった、そんな涙だった。


「私にも憎い気持ちはある。だが、こんなヤツのために君も畜生に堕ちることはなかろうて」


 独朗がまっすぐ明人を見つめる。その瞳は、普段通りの愛情深く優しい目をしていた。


「それに見てみぃ、感情の力を虚仮にした男にとっては、相応しい最期かもしれんぞ」


 米澤は床を転げまわり奇声を発し続けている。その姿を見て、明人の肩から力が抜け落ちた。全員が、冷ややかな目で米澤を見つめる。


「さて、急いで脱出しよう。橘さんの容体も心配じゃからの」


 そう言って独朗が米澤の首に掛かっていたICカードを抜き取り、全員に避難を促した。


「す、少しだけお待ちを」


 橘が苦しそうに声を発する。よろよろと米澤が出てきた扉へと向かう。


「おっちゃん! 動いたら余計悪化するで!」


 照美が後ろから声を掛ける。


「手伝うわ。橘」


 麗奈が橘の肩を支え、共に部屋に入っていく。


「なにしはるんやろか?」


 静香も心配そうに声を出す。


 ほどなく、橘と麗奈が部屋から出てきた。


「ここに残っていたデータをすべて消去しました。これで、スターライトに力を悪用されることはないでしょう」


 そう言い終わると、力尽きたように橘ががくりと首を落とした。


「橘! しっかりして!」


「急いで出よう!」


 明人が麗奈の反対側に回り、橘の身体を支えてから、急ぎ足で出口へ向かった。

 出口へ向かう途中で照美は少し立ち止まり、米澤の方へ振り向いた。



 奇妙な動きで転げまわる米澤へ向け、思いを込めて中指を一本突き立てた。

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