十八
明人は暗闇の中にいた。
しかし、静寂ではない。次々に襲い来る負の感情が、気を失うのも許さなかった。朦朧とする意識の中で、明人の脳裏に様々な映像が映っては消えていく。
それは情魔に取り込まれた人間達の記憶の欠片。死の瞬間のものもあれば、何かに苦しんでいた日常のものもある。そんな記憶の激流の中を明人は虚ろな意識で泳いでいた。
男が見えた。金髪で、モヒカンにも似た髪型をした図体のデカイ男だ。まるで世紀末から来たかのように、半袖の革ジャンを羽織っている。
何が不満なのか腕を組んで険しい表情をしていた。周りにいる人間たちも、怯えた様子で男を見ている。
ふいに、モヒカン男に近づく男がいた。爆発現場から出てきたかのようなチリチリパーマの男だ。ニヤニヤと笑いながら近づいていく。
――なんやお前。喧嘩売っとんか?
目の前まできたパーマ男をモヒカン男が睨みつける。しかし、パーマの男はヘラヘラと笑ったままだ。
――嘘やろ?
明人がぼやけた感覚のまま心で呟く。
――これは。
――オイ、コラ! 喧嘩売っとるんかって言うてんねん!
堪え切れなくなったモヒカン男がパーマ男の胸倉を掴む。
――僕、喧嘩っていうもの売るのも買うのも初めてなんでお聞きしたいんですけど、相場はいくらくらいなんですかね?
パーマの男は焦った様子もなく飄々と問いかける。
――はぁ? なんやお前。ふざけとんのか?
――相場は、おいくらくらい、ですかね?
パーマの男が続けて問う。その目はまっすぐにモヒカンに向いている。挑発的な眼差しと言ってもいいほどだ。その目を見てモヒカンも何かに気付いたかのように少しだけ口角を上げた。
――あぁ? そんなんわからんけど、まぁ、千円くらいちゃうか?
――そうですか。ほな、これ一万円。
――ありがとうございます。それじゃあこれ、九千円のお返しです。……ってアホか! なんで喧嘩中に釣り銭のやり取りせなあかんねん! ほのぼのしてまうやろが!
そこまで一気にまくし立てると、モヒカン男は胸倉を掴んでいた手を放し、パーマの男に笑いかけた。
――なんやお前、おもろい奴やの。
――やっぱりお前もお笑い星人やったか。さっき前出て模擬漫才してた奴らがおもんなかったから不機嫌やったんやろ?
そこまで言うとパーマの男が手を差し出した。
――おれ、三村勝司。
――おれは
二人は力強く、握手を交わした。
「……カツ、兄」
明人の目から一滴の涙が流れ落ちた。勝司も、情魔に取り込まれた一人だったのだ。
******
暗闇の外では明人を救おうと全員が必死になって戦っていた。
静香が涙を流し霧を生み出す。麗奈が声の限りに叫び雷を落とす。しかし、奮闘むなしく、影はその力を弱めることはない。
「情魔は絶対、ゆるサンディー!」
照美が叫ぶ。情魔の身体は欠片も剥がれない。
「……やっぱりあかん」
照美が膝をつく。
「うちは、うちは、アンタがおらなあかんねん」
不甲斐ない気持ちで拳を床に叩きつける。
******
明人は手足の感覚が無くなっていくのを感じていた。周りから聞こえる声も、もうぼんやりとしか耳に入らない。
(このまま死ぬんか)
明人の意識が飛びそうになったその時、どこからともなく声が聞こえた。
――約束したやろ、明人。
「……カツ、兄?」
――お笑い星人になる約束。忘れたとは言わさんぞ。
「お笑い星人」
――いいか、明人。誰かがボケたことしたときは、お前が一番に気付け。
――そして拾え。
――死んでもツッコめ。
――それをプロになるまで続けろ。
――そしたらいつか、お前はおれに負けへんお笑い星人になれるわ。
「……忘れるわけ、ないやんか」
明人が心の中の勝司に返す。
――そうか。ほんならええわ。お前、まだ死んでないやろ?
「……死んでないんかなぁ?」
――しっかりせぇ。約束守れよ。ほら、一生懸命ボケてはるわ。
勝司の笑顔が見えた気がした。
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