十五

 麗奈の検証も終わり、米澤は一つ息を吐いた。


「素晴らしい。素晴らしい。素晴らしい」


 うわごとのように呟いている。


「本日は、これで終わりですかな?」


 橘が少し呆れた様子で米澤に声を掛けた。


「あ、あぁ。いえ、この後いま計測したデータを集計して、皆さんにお見せできるような資料にまとめたいと思いますので、少しお待ち頂ければと思います」


「そうですか。それでは私は麗奈様の元へ参ります」


 そう言って橘が退出しようと扉に手を掛けるが、鍵がかかっているのか開かない。


「これはどういう……」


 不審に思い振り返った橘の目に入ってきたのは、麗奈たちからは見えないように拳銃を突き出した米澤の姿であった。

 橘が米澤へ駆け出すよりも先に、乾いた破裂音が部屋に響いた。




 静香と麗奈のいる部屋の扉が開いた。


「お疲れ様でした」


 米澤が張り付けたような笑顔を二人に向ける。


「一旦、休憩としましょう。ちなみに、ご相談なのですが鳴神さん。そちらの十字架、少しだけお預かりすることは出来ませんか? その十字架自身の検査も行いたいのですが」


 米澤がへつらうように麗奈へ伺いを立てる。


「残念ながら、それは出来ないご相談ですわ。これは我が家の家宝ですから。他人にお渡しすることは出来かねますわ。それよりも……」


 麗奈が鋭い視線を米澤に送る。


「米澤様はこの研究をどういった形で世の中に生かすおつもりですの?」


 麗奈は挑発的な態度で米澤に問う。


「中々鋭いご質問ですね。共感石の力は感情の力です。この力の研究が進めば、うつ病や神経衰弱の治療にも役立つでしょうし、植物状態の患者とコミュニケーションを取ることも可能になるかもしれませんね」


 米澤は夢を語るかのように大きく手を広げて言う。


「それは、素晴らしいことどすなぁ」


 静香の顔にも笑みが零れる。


「それが、表向きの理由かしら?」


 麗奈は目を細めて米澤を見やる。まるで、自身はとっくに答えを知っているかのように。


「なんのことでしょう?」


 米澤は笑みを浮かべるが、その目は冷ややかに光っていた。


「そもそも、一介の研究職員にこれほどの設備を与えるかしら? それも、真偽不確かな感情の研究だなんて製薬会社とは関係の無さそうな研究に。その答えは一つよ。アナタは、この研究で兵器を開発している」


 麗奈の言葉に、なんのことかと静香が戸惑いを見せる。しかし米澤は想定していた答えだったのか笑顔を張り付けたまま微動だにしない。


「スターライトコーポレーション。表向きは外資系の製薬会社ね。しかしその実態は、本社をアメリカに持つ軍事産業の複合企業。橘に調べさせたらすぐに分かったわ。私達は今回、その真偽を確かめるために来たの。……どうやら正解だったようね」


 麗奈は呆れるように肩を竦めた。


「クックック。やはりあの執事は危険だったようだね」


 米澤が優男の仮面を剥ぎ取り、凶悪な笑みを二人に見せた。静香がその表情に驚き「ひっ」と声を上げた。


「……橘。アナタ、橘に何をしたの!」


 詰め寄ろうとした麗奈の身体を米澤が強く突き飛ばした。麗奈と静香がドミノ倒しのように倒れこんだ。


「お前の執事なら隣の部屋で寝ているよ。二度と目を覚ますことは無いかもしれないがね」


 米澤が可笑しそうに邪悪な顔を歪ませる。


「そんな……」


 麗奈が言葉を失う。


「お前たちは貴重なサンプルだ。生かしておいてやるから、しばらくここで大人しくしておくんだな」


 そう言って米澤は部屋の扉を閉めた。すぐさま麗奈が起き上がり扉に手を掛けるが扉は微動だにしなかった。


「こんなことって……」


 静香が潤んだ瞳で呟いた。

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