十四

 明人の目の前ではバラエティー番組の映像や、漫才大会、コントライブ、上方演芸会などの映像が続けざまに流れている。


 普段であればテレビ越しにもツッコミまくっている明人だが、どの芸人のボケを見ても、明人の口から鋭いツッコミが放たれることはなかった。明人自身もその状況に戸惑いと、苛立ちを感じているようだ。


「爺ちゃん、どう?」


 照美が心配そうに声を掛ける。


「うーむ。ボケを見る度に脳波に反応があることから、潜在的にはツッコミたいという気持ちは残っているようじゃが、身体がその反応についていけていないようじゃな。もしくは、拒否しているのか……」


 独朗が顎に手を当て唸る。


「よし。方法を変えてみよう」


 そう言うと独朗はモニターの映像を止め、明人に話しかける。


「明人くん、少し方法を変えてみるよ。リラックスして目を閉じてくれ」


 明人は言われた通り背もたれに身体を預け、深呼吸をし目を閉じた。


「まずは、君のお笑いに対する欲求の根源を探ろうと思う。明人くん、君はなぜお笑い芸人になりたいと思ったのかな?」


 独朗の言葉に、明人の意識が過去へと飛ぶ。



******



 一番遠い記憶は、明人が小学校に上がる前くらいの時だ。正月の集まりで母親の実家に連れて行かれた。そこで明人は、親戚と談笑する母親を横目に、一人で怪獣のおもちゃで遊んでいた。


「お前、一人で遊んでるんか?」


 学生服を着た少年が声を掛けてきた。当時中学生になったばかりの勝司だった。人見知りだった明人がおずおずと頷く。


「しゃーないな。おれが一緒に遊んだるわ」


 明人の横にどかっと座った勝司が近くに置いてあった適当なぬいぐるみを明人に差し出してきた。

 幼い明人は、そのぬいぐるみがあまり好みではなかったのか、貰うなりポイっと捨ててしまった。


「いや、なんで捨てんねん」


 勝司が明人の頭を叩いた。一瞬、何をされたのかわからなかった明人だが、徐々に痛みを感じたのか大声で泣き出した。


「勝司! アンタなにしてんの!」


 叔母が顔を真っ赤に染めて勝司を叱責する。


「いや、こいつがアホなことしたから、おれはツッコミを……」


「またそんなこと言うて! 小さい子供叩いてなに言うてんの!」


 そう言って勝司は叔母に頬を引っ叩かれていた。


「いってー! おい、お前のせいでこっちだけアンパンマンみたいになってもうたやんけ」


 勝司が真っ赤に腫れた頬を明人に見せつけてくる。その様子が面白かったのか、ぐずっていた明人が笑顔になる。


「アンパンマンや!」


「そうや、半分アンパンマンや。どうや? おもろいか?」


「うん!」


 明人が満面の笑みで答える。


「それや! 人間笑ってんとおもんないぞ、明人。お笑いってのは人間だけに許された行為や。おれはいつか日本一のお笑い芸人になるからな!」


 そう言って勝司はガハハと笑った。明人の目には、なぜかその時の勝司がとてもカッコいいものに思えた。


「じゃあ、僕もなる!」


「おお! お前もなるか? ほんなら、今からいっぱいお笑いのこと教えたるからな」


 勝司が優しく、しかし力強く明人の頭を撫でた。



******



「……カツ兄」


 明人の目から涙が零れ落ちた。その様子を見て独朗がため息を吐く。


「やはり、勝司くんの死が相当堪えているようじゃな」


 照美も唇を噛み締めて明人を見つめている。


 ――その最中、照美達がいる部屋の扉が開いた。

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