十三

 独朗と米澤の相談の結果、明人のイップスの検査は独朗が、静香と麗奈の力の検証は米澤が担当することとなった。照美は以前から自宅で何度か二人の研究に関わっていたため、独朗に付いて明人の検査に付き合うことにした。


「明人くん、リラックスすればいいからの」


 明人は八畳ほどの真っ白い部屋の真ん中に備え付けられている一人掛けのソファに座らされていた。頭には何かの装置が取り付けられ、そこから無数のコードが伸び、様々な機械へと繋がっている。


 独朗と照美はというと、隣り合った上半身だけが見えるガラス張りの部屋からこちらの様子を見ていた。まるで取調室のようだなと明人は思った。


「それでは、今から前のモニターにお笑い番組の映像を流していくからの。ツッコめそうな時は遠慮なくツッコんで良いぞ」


 独朗はマイク越しに笑顔で明人にそう伝えると、機械のボタンを押す。ほどなく、明人の目の前のモニターに映像が映し出される。


「……爺ちゃん。明人、治るかな?」


 独朗がマイクを切った後、照美が心配そうに問いかける。


「こればっかりは、彼次第じゃからなぁ。……でも、私は治ると信じておるよ。サンディーもそうじゃろ?」


 独朗が照美に笑顔を向ける。照美はゆっくりと頷く。


「治ってもらわな、困るわ」


 そう言って拗ねる孫があまりに可愛くて、独朗は思わず抱きしめてしまいそうになった。



*******



 静香と麗奈は米澤の案内により明人がいる部屋よりは少し大きめの、しかし同じように白い壁に囲まれた一室に入るよう促された。


「あぁ、橘さんはこちらへ」と米澤が橘を別室に案内しようとする。


 橘はちらりと麗奈を見やり、麗奈が心配ないというように頷くのを確認すると、言われた通り米澤と共に別室へと向かった。


「それでは、実験を始めますので、そこにあるヘッドギアを頭に装着して頂けますか?」


 米澤が隣の部屋からマイク越しに二人に声を掛ける。


「あの……これは?」


 静香がヘッドギアを手に取り、心配そうに米澤に問う。


「それはVRの機械ですよ。何もないところで力を出すのは難しいでしょうから。今からそこに情魔のシュミレーション映像を流しますんで、お二人はいつもされているようにそれを退治して下さい」


 米澤の説明を聞き、静香はおずおずと機械を頭に装着した。麗奈は特に物怖じすることなく静香に続いて頭にはめた。


「それでは、始めていきますね」


 米澤の声が聞こえたかと思うと、二人の目の前に廃墟のような映像が流れた。静香が少し首を動かしてみる。


「すごい。ちゃんと動きと連動しはるんですね」


「はは、まぁ、簡単なCG映像ではありますがね。それでは、まずは水無月さんからお願いします。鳴神さんは少し下がっていて下さい」


 米澤が指示を出すと、静香の目の前に影が現れた。静香はバーチャル体験に慣れていないのか、一瞬肩をびくりと揺らした。


 麗奈はヘッドギアを頭に乗せ、腕を組んで壁にもたれ掛け静香の様子を伺った。壁に掛けられたモニターには、静香が見ているであろう映像が流されていた。


 ――しくしく。寂しかったやろ。


 気が付くと、静香が膝を折り泣き出している。仮想の世界であっても、すぐに感情移入し涙を流すその様には、この少女の心の優しさが顕れていた。


 ほどなく、静香の身体から白い霧が溢れ出した。現実には祓うべき対象はいないのだが、静香の目に映る仮想の影へ向かい、その霧が伸びてゆく。


「……素晴らしい」


 静香の力を目の当たりにし、米澤は思わず呟いた。しかし、すぐさま気を取り直し近くのパソコンに何かを入力しだす。


「泣女の一族は石を持たずに情魔を祓う。それはつまり石の力を体内に宿すことが可能ということだ……。どういった方法なのか……」


 パソコンを打つ手を止めずに、米澤が独り言を呟き続けている。その様子を、橘は後ろから冷たい目で見ていた。


「少し、情魔の強度を強くしてみますね」


 米澤がマイク越しに静香に伝えると、静香の目に映る影が少し大きくなった気がした。静香も負けじと悲しみを膨らませる。


 ――しくしく。大丈夫。あてがついてるさかい。


 目に見える静香の霧の量が増える。


「なるほど。この強度にも耐えられるか……」


 米澤がさらにパソコンに入力する。麗奈も静香の力に興味津々といった様子で、目を細めて注目していた。


「それでは、さらに上げてみます」


 米澤が伝えると、静香の眼前の影が大きく膨らみ、その黒の色を濃くしていった。


 ――しくしく。……くっ! げほっげほっ!


 涙を流していた静香が突然咳き込みだした。霧も安定性を失い、ゆらゆらと揺れ出す。


「ここが限界か」


 米澤がボタンを押すと、仮想世界が切断された。


「水無月さん。大丈夫ですか?」


 米澤が静香に問いかける。


「はい。……ちょっとだけ、疲れました」


 ヘッドギアを外し、息を整えた静香が胸に手を置き答えた。


「すいません、少し無理をさせてしまいましたね。少し休んでいて下さい。……それでは次は鳴神さん」


「危険なことはないんでしょうな?」


 米澤の後ろから、橘が訝し気に声を出す。


「大丈夫ですよ。あくまで仮想のデータですんで。危ないと感じたら、すぐに停止することも出来ますから」


 米澤が橘へと振り返り、白い歯を見せる。


「なら、良いのですが」


 橘はそれでも信じ切っていないといった様子で、米澤に言葉を返した。


「それでは、鳴神さん。お願い致します」


「麗奈様、【暴言】は必要ですか?」


 米澤のマイクを奪い取るように、橘が室内の麗奈に声を掛ける。


「必要ないですわ。今回はあくまで力の検証。そうでしょう? 米澤様」


 麗奈がガラス越しに米澤に視線を送る。


「【暴言】とは?」


 米澤が橘に問いかける。


「鳴神家の悪魔祓いの力の根源は【怒り】です。その怒りを増幅させるために、私が失礼ながら麗奈様に暴言を吐くのです」


「なるほど、そんな方法もあるのか」


「言わば、照美様における明人様の役割を、僭越ながら私が担当させて頂いておるのです。まぁ、今回は麗奈様ご自身が必要ないとのことですので、私は下がっておきましょう」


 そう言うと橘は数歩下がり、先ほどの位置へと戻った。


「……感情の力の増幅方法。……なるほど、これもまた検証すべきだな」


 米澤はまたパソコンに何かを打ち込む。


「それでは、ヘッドギアを装着して頂けますか? ……始めます」


 米澤がボタンを押した。

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