十二

「いやー、まさかこんなにも共感石の力を扱える人間が集まるとは、夢を見ているようだ!」


 ハンドルを握りながら、米澤が興奮気味に話す。照美の家に迎えに来た時からずっとこの調子だ。沸騰したやかんのように鼻息を噴出している。


「しかも、両家とも年季の入った能力者じゃ。今までその存在に気付かなかったことが逆に不思議じゃな」と助手席に座る独朗が答える。


 明人は後部座席の真ん中で窮屈そうに座っている。

 

 向かって右側には静香、左側に照美が座っていた。そして、米澤の車を追うように黒の高級車が付いてきている。麗奈と橘はそちらの車だ。



 明人は正直助かったと思っていた。


 麗奈と照美が同じ車に乗っていたら、いつまた第二次怪獣戦争が起こるとも知れないからだ。明人はちらりと照美の様子を伺う。照美はつまらなさそうに窓の外を眺めていた。


 そして静香も、以前とは違いどこか浮かない顔をしている。そんな二人の間で、明人は尚更居心地の悪さを感じていた。


「今回教授からお話を頂いて色々調べてみたんですが、泣女についての文献も色々見つかりましてね。古くは戦国の時代から、不幸が続く大名の城へ赴き儀式を行ったという記述も発見しました。泣き叫ぶことによる祈祷。それがまさか共感石の力だったなんて! 素晴らしい! 水無月さん、今回の検証への快諾、誠にありがとうございます!」


 米澤が大きな声を出してバックミラー越しに静香を見る。が、静香はどこかうわの空で、米澤の言葉も聞こえていないようだった。明人がヒジで軽く静香を押す。


「静香ちゃん。なんかあった?」


 そこでようやく我に返ったかのように、静香が明人のほうを向いた。


「あ、え? なんか言わはった?」


「いや、なんか元気ないから」


「だ、大丈夫どす。……今日だけやさかい」


 静香の良くわからない返答に首を傾げる明人だったが、静香の言った「今日だけ」の本当の意味を、彼は知る由もなかった。


 不意に、照美の身体が強張った気がして、明人はそちらへ振り返る。窓の外を眺めていたはずの照美が拳をきつく握り、苦しそうに目を瞑っていた。


「どうしたんや?」


 明人が声を掛けるが照美は何も答えない。訝しがる明人の目の端に、外の風景が映った。海が見える道路に沿うように白いガードレールが流れていく。


 ――もしかして。


 明人が助手席の独朗へと視線を移す。独朗も、海から目を反らすように反対側の崖をつまらさそうに眺めていた。


 ――そうか。この辺りなのか。


 照美の両親が命を落とした場所。海沿いのガードレール。はっきりとした地点は明人には分からなかったが、二人の様子を見ていると、恐らくこの周辺なのだろうということが明人にも推測出来た。


 なんとも言えない感情を持て余し、明人もそのまま押し黙ってしまった。目的地へ着くまでは米澤の独演会だけが車内に響いていた。




 米澤の勤める製薬会社の研究施設は、辺りを森に囲まれた山奥にあった。周りの風景に馴染まない高く無機質なコンクリート塀に囲まれ、入り口の門はICカードと指紋認証による厳重な警備が施されていた。


「びっくりするでしょ? この中には、危険な薬品や高価な機材がたくさんありますからね。めんどくさいですが仕方がないんです。出るときはカードだけで出れるんですがね」と米澤が肩を竦める。


 中に入ると、広い駐車場の先に豆腐のような白い長方形の建物が見えた。かなり大きい施設のようだ。


「さぁ、着きましたよ」


 米澤が車を駐車場に置き、後部座席に声を掛ける。照美がめんどくさそうにドアを開け、明人もそれに続いて外に出る。静香も反対側のドアからゆっくりと駐車場へ降り立ち、研究施設を物珍しそうに眺めている。


「殺風景な所ですわね」


 後ろを振り返ると麗奈が目を細めて辺りを伺っている。照美がわざとらしくフン! と鼻を鳴らした。


「研究施設なんてどこもこんなものですよ」


 米澤が愛想笑いで返す。


「今日はお休みなんどすか?」


 静香が他の車の姿が見えないがらんとした駐車場を見渡しながら問いかける。


「ええ。今日は本来休みの日ですからね。共感石の研究は、他の所員にも秘密なんですよ」


 そう言って米澤は静香に目配せをした。静香の顔が真っ赤に染まる。


「ちょっと米澤さん! 静香は初心うぶな子やねんから、からかわんといてや」


 照美が静香に近づき頭を撫でる。その言葉で静香はなおさら耳まで赤く染め、手で顔を覆った。


「いやー、可愛い子にはちょっかい出したくなるからね」


 特に悪びれもせず、米澤はその白い歯を見せながら入り口にICカードをかざす。ガチャンと大層な音を立てガラス製の入り口のドアが開錠した。ガラス部分には大きくSとLを組み合わせたようなロゴが貼ってある。


「……スターライトコーポレーション」


 麗奈が小さく呟いた。気付いたのは明人だけだったようで、麗奈のほうを振り向くと、執事の橘と麗奈が目を交わし小さく頷き合っていた。


 明人はなんのことかと首を傾げながら中に入って行く。




 建物内は休みのせいか、足元の間接照明だけが灯る程度で薄暗かった。


「今、電気を点けてきますね」


 そう言って米澤が一番近くのドアを開け、中に入っていく。するとすぐに建物内の電気が一斉に灯った。


「おー」


 思わず明人が感嘆の声を上げる。目の前の部屋はガラス張りになっており、様々な機械や薬品棚などが並べられた広い空間が丸見えになった。


「かっこいー。まさしく研究所っぽいなー」


 明人がガラスに張り付き中を覗き込む。


「なんでテンション上がってるねん」


 照美が呆れるように肩を竦める。


「研究所って聞いて胸が躍らん男はおらんで!」


 明人が目を輝かせながら照美に反論する。隣の静香も水族館の巨大水槽を見るかのように口を開けて中を覗いていた。


「平日は、研究員もたくさんいて中の実験風景も見えるからもっと迫力があるよ」


 米澤が社会科見学に来た小学生に言うように笑顔を零す。


「えー、それも見たいです」


 明人が口を尖らせる。


「遊びに来てるんちゃうで!」


 照美が明人の頭を叩いた。


「あはは。そうだね。じゃあ、みんな着いてきてくれるかな」


 そう言って米澤が先導し、皆を目的の場所へと誘導する。エレベーターに乗り込み、地下へと向かう。


「はえー、地下まであるんですね」


 明人は本当に遠足に来た小学生のような口調で興味津々に米澤に問う。


「様々なウイルスの研究をすることもあるからね。各フロア毎に独立していて、それぞれ換気ダクトも独立しているし、階段にもセキュリティが掛かっているんだよ。ネットワークも専用サーバーで、外部から侵入されるリスクも減らしているんだ」


「え! ウイルスって?」


 静香が口に手を当て怖がる素振りを見せる。


「あぁ、大丈夫だよ。今から向かうフロアは僕の専用研究室で、危険なウイルスも扱っていないからね。そこでこっそり共感石の研究を続けているんだ」


 米澤が笑顔でそう答えると、静香が安心したかのように胸を撫でおろした。


「専用の研究室を貰えるだなんて、米澤様はずいぶんと期待されていらっしゃるようですわね」


 麗奈が値踏みするような目で米澤を見やる。


「ははは。期待だなんて、そんな。たまたま僕が発表した論文が会社に認められて、運良くって感じだよ」


 米澤が謙遜するように手を振った時、エレベーターが到着を告げる音を上げた。


「さぁ、着いたよ」



 そこは研究室と言うにはあまりにも広い場所であった。地下とは思えないほど天井が高く、その中に個室が何部屋か設置されており、言うなればロボットアニメの秘密基地のような様相だ。


「す、すごい」


 明人が思わず声を漏らす。


「まったく、贅沢なもんじゃ」


 独朗が腕を組みため息を吐く。


「ですから言ったじゃないですか高橋教授。うちにくれば、研究開発費が潤沢に出ますよって。どうです? いらっしゃる気になりましたか?」


 米澤が笑顔で独朗に問いかける。


「これは、……いや、うーん……でも」


 独朗の心が揺れている。そんな祖父を照美は不満げに見つめる。独朗を取られるのが嫌なのだろうか。


「ご心配には及びませんわ。高橋博士、今回の検証で実になる結果が得られた場合は、鳴神カンパニーが総力を挙げて博士をサポート致しますわ」


「爺ちゃん! 今すぐ米澤さんの研究所に入ろう! そうしよう!」


 麗奈の言葉を聞いた途端に、照美が手の平を返したように独朗に呼びかける。そのあからさまな態度に、明人と静香は少し噴き出す。


「まぁ、取り合えず今日のところは、やるべきことをやろう」


 独朗が手を叩き、米澤となにか専門的な会話を交わし相談をし出した。そんな二人を見て、明人の心に不安な気持ちが再び湧き上がってきた。気が重くなり、はぁ、と一つため息を吐く。



「なんや、辛気臭いな」


 いつの間にか照美が隣に立っていた。


「なんかちょっと緊張してきたわ」と明人が返す。


「なんの緊張や。今からオーディションでも受けるんか」


「いや、でも、オーディションみたいなもんかもしれんなぁ」


「それやったら……。絶対合格してや」


 明人が照美を見ると、まっすぐ前を見ながら口を尖らせていた。


「合格、出来たらええなぁ」


 明人もわざとらしく空中を見上げて言う。


「出来るよ。……明人なら出来る」



 照美の言葉に、どこか気恥ずかしくなった明人は照美の顔を見ることが出来なかった。しかし、心に小さな火が灯ったような気がした。

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