五
翌日の通夜の会場は、大阪、高槻市にある勝司の実家だった。明人も年末年始や法事などでよく訪れていた場所だ。
会場に着くと、勝司の母親が出迎えてくれた。
「雅美、わざわざありがとうな。明人くんも」
明人の叔母に当たるその人物は、黒い喪服に身を包み目を真っ赤に腫らしながら、明人と母親に謝辞を述べた。
「お姉ちゃんも大変やろうけど、気を強く持ってね」
そう言って明人の母親が叔母を抱き寄せる。叔母は堪え切れず嗚咽を漏らす。
明人は拳を握りしめて、感情を抑え込む。
「勝司の顔、見てやって」
叔母の案内で和室へと向かう。明人は足が震えていた。現実の事とは思えなかった。
和室に入ると、大きく引き伸ばされたモノクロの勝司の写真の前に、木製の棺桶が置かれていた。
「こんなことになったけど、顔は綺麗やから」
叔母に促され、棺桶のそばまで近づく。徐々に、その開いた部分が近づいてくる。
怖かった。恐ろしかった。自らの目で見てしまうと、認めてしまうようで。
明人の呼吸が早くなる。永遠にも思えるほど、ゆっくりとした一歩を踏み出した。
「か、カツ兄……」
勝司は棺桶の中で、目を瞑って横になっていた。多少の擦り傷のようなものはあったが、その綺麗な顔は、本当に寝ているだけに思えた。
明人はゆっくりと手を伸ばす。そして勝司の頬に触れる。
――冷たい。
その瞬間、堪えていたものが崩壊し、明人は大声で泣き出した。おもちゃを買ってもらえず駄々をこねる子供のように、嫌だ嫌だと首を振り、棺桶に突っ伏して泣き続けた。
涙を拭おうとした時、ふと、明人は自身のリストバンドに気付いた。
――コレなら。
明人はリストバンドを勝司の遺体に近づける。
――情魔でもなんでもいい。カツ兄、何か言うてくれ。
リストバンドを勝司の頬に当ててはみるが、しかし、共感石はなんの反応も見せず黙ったままだ。その状況に、明人はまたしても涙を零し嗚咽を漏らすのだった。
泣き疲れた明人は、別室で虚ろな目をしたまま座布団の上で胡坐をかいていた。目の前にはお寿司などの食事が並べられていた。
不意に、頭を鷲掴みにされた。何事かと明人が顔を上げると、蛍光灯の逆光の中に、坊主頭のシルエットが浮かび上がっていた。
「ボッチ……」
ボッチは、ふっと笑みを零すと、明人の隣にどかっと腰掛けた。そして、ふーっと大きく息を吐いた。
「顔、見たったか?」
ボッチが明人に問いかける。
「……うん」
明人がゆっくりと頷く。
「なんや、寝てるみたいやったな」
「……うん」
「車に轢かれたんやと。……アホな奴やで」
勝司の死因を初めて聞いた明人は、それでも頭の回転が追い付かず、ボッチの言葉をぼんやりと聞いていた。
「いつか、お前が言うたことあったよな。『ボッチは、カツ兄に捨てられんように気ぃつけや』って。あんときはお前の頭叩いたけどな。おれもまさか、……こんな捨てられ方するとは思わんかったわ」
そこまで言うとボッチは目頭を押さえ、嗚咽を漏らしだした。その姿を見て、つられるように明人の目から涙が溢れた。
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