翌日の通夜の会場は、大阪、高槻市にある勝司の実家だった。明人も年末年始や法事などでよく訪れていた場所だ。


 会場に着くと、勝司の母親が出迎えてくれた。


「雅美、わざわざありがとうな。明人くんも」


 明人の叔母に当たるその人物は、黒い喪服に身を包み目を真っ赤に腫らしながら、明人と母親に謝辞を述べた。


「お姉ちゃんも大変やろうけど、気を強く持ってね」


 そう言って明人の母親が叔母を抱き寄せる。叔母は堪え切れず嗚咽を漏らす。

 明人は拳を握りしめて、感情を抑え込む。


「勝司の顔、見てやって」


 叔母の案内で和室へと向かう。明人は足が震えていた。現実の事とは思えなかった。


 和室に入ると、大きく引き伸ばされたモノクロの勝司の写真の前に、木製の棺桶が置かれていた。


「こんなことになったけど、顔は綺麗やから」


 叔母に促され、棺桶のそばまで近づく。徐々に、その開いた部分が近づいてくる。


 怖かった。恐ろしかった。自らの目で見てしまうと、認めてしまうようで。


 明人の呼吸が早くなる。永遠にも思えるほど、ゆっくりとした一歩を踏み出した。


「か、カツ兄……」


 勝司は棺桶の中で、目を瞑って横になっていた。多少の擦り傷のようなものはあったが、その綺麗な顔は、本当に寝ているだけに思えた。


 明人はゆっくりと手を伸ばす。そして勝司の頬に触れる。


 ――冷たい。


 その瞬間、堪えていたものが崩壊し、明人は大声で泣き出した。おもちゃを買ってもらえず駄々をこねる子供のように、嫌だ嫌だと首を振り、棺桶に突っ伏して泣き続けた。


 涙を拭おうとした時、ふと、明人は自身のリストバンドに気付いた。


 ――コレなら。


 明人はリストバンドを勝司の遺体に近づける。


 ――情魔でもなんでもいい。カツ兄、何か言うてくれ。


 リストバンドを勝司の頬に当ててはみるが、しかし、共感石はなんの反応も見せず黙ったままだ。その状況に、明人はまたしても涙を零し嗚咽を漏らすのだった。


 泣き疲れた明人は、別室で虚ろな目をしたまま座布団の上で胡坐をかいていた。目の前にはお寿司などの食事が並べられていた。


 不意に、頭を鷲掴みにされた。何事かと明人が顔を上げると、蛍光灯の逆光の中に、坊主頭のシルエットが浮かび上がっていた。


「ボッチ……」


 ボッチは、ふっと笑みを零すと、明人の隣にどかっと腰掛けた。そして、ふーっと大きく息を吐いた。


「顔、見たったか?」


 ボッチが明人に問いかける。


「……うん」


 明人がゆっくりと頷く。


「なんや、寝てるみたいやったな」


「……うん」


「車に轢かれたんやと。……アホな奴やで」


 勝司の死因を初めて聞いた明人は、それでも頭の回転が追い付かず、ボッチの言葉をぼんやりと聞いていた。


「いつか、お前が言うたことあったよな。『ボッチは、カツ兄に捨てられんように気ぃつけや』って。あんときはお前の頭叩いたけどな。おれもまさか、……こんな捨てられ方するとは思わんかったわ」


 そこまで言うとボッチは目頭を押さえ、嗚咽を漏らしだした。その姿を見て、つられるように明人の目から涙が溢れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る