二人の共感石は、はち切れんばかりに光を放っていた。


「おぉ、すごい」


 明人が自身のリストバンドを目の前に掲げる。


「これなら、イケる!」


 照美が情魔に目線を向け、腕を大きく突き出した。


「辛かったやろ。成仏しいや! 【ラフィング・エクスプロージョン】!」


 照美が叫ぶと同時に共感石から一筋の光が射出され情魔に刺さる。すぐさま情魔の身体が大きく膨れ上がり、巨大な破裂音と共に爆散した。


「ら、ラフィング……なに?」


 明人が照美に問いかける。


「ラフィング・エクスプロージョンや! 必殺技の名前。漢字より横文字のほうがカッコええやろ?」


「いやー、ちょっとよくわかりませんわそのセンスは」


「なんやて! ほんならアンタはもっとカッコええ名前つけられるんか!」


「あ、あのー……」


 言い争いをしている二人に、少女が恐る恐る声を掛けた。


「あ、あぁ。ごめんごめん。大丈夫やったか?」


 照美が少女の手を取り、立たせてあげる。立ち上がった少女は、照美よりも少し小柄だった。


「あの、今のはなんだったんですか?」


 少女は未だに状況が把握できずに、戸惑いながら二人を見た。自然体の綺麗な黒髪を肩まで伸ばし、白い着物のような服を纏い、下半身には深い紺色の袴を身に着けていた。色違いの巫女装束のような装いだ。


「あぁ。うちらはこの石と、笑いの力で情魔――アンタが言うところの呪いを退治してるねん」


 照美がネックレスを取り出し少女に見せつける。


「これは……、まさか【神祓守しんばつもり御石ごいし】では?」


「しんばつ?」


「神祓守の御石です。あてら泣女の一族は、産まれ落ちたその日から、一週間この石を持たされるんです。そして、そのまま一週間泣き続けることが出来た者だけが、泣女の力を持つことが出来ると言われているんです」


「なんや、変わった一族やな」


 明人が肩を竦める。


「変な一族ってえらい失礼なことおっしゃいますなぁ。あてら泣女の歴史は、安土桃山の時代から続いている由緒正しき家系なんどすえ」


 少女はゆっくりと、しかし多少棘っぽい口調で反論した。


「そら、えろすんまへん」


 明人が釣られるように京都弁っぽい口調で頭を下げた。


「うちはサンディー。こいつは明人。あなたの名前は?」


「サンディーはん……? あては、水無月静香みなづきしずかと申します」


「静香ちゃんか。……なぁ、もしよかったらうちら友達にならん?」


 照美が静香に笑顔を向ける。


「あても、そう思てました! 同年代で、同じように呪い――じょーま? を祓う人がいたなんて、あて、嬉しいですぅぅぅ」と言って静香が泣き出した。


「いや、なんで泣くねん!」


 明人が反射的に静香にツッコむと、静香の身体からボンっと弾けるように霧が現れた。一瞬にして辺りはホワイトアウトの状態になった。


「うわ! なんやこれ!」


 明人が眼前を扇ぐように手を振った。


「す、すんまへん! おかしいな……、こんなに力が漏れ出すことなんて今までおまへんでしたのに」


「もしかして、明人がツッコんだから?」


 照美が明人を指さす。


「マジかよ」


「アンタのツッコミの力、笑い以外にも通用するみたいやな」


 照美が関心するように腕を組むが、その姿は霧のせいで明人の目にはぼんやりとしか映っていなかった。




 静香の案内で一階に降りると、スーツ姿の男が数名、並んで待っていた。


「あれ? もう祓い終わったんですか? ……その子らは?」


 スーツの一人が静香を見るなり声を掛けてきた。


「この子らは、……あての仲間です」


 静香が照美と明人のほうに顔だけ向け、にっこりと微笑んだ。二人も合わせるように頷いた。


「呪いは、もう大丈夫です。完全に消えました。これから犠牲者が出ることはないでしょう」


 静香がスーツの男に報告する。


「この人達は、京都府警の警察の方です。呪いの関わる事件があるときだけ、うちの家に連絡が入るんです」


「警察……」


 明人は通用口にだけマスコミも警察もいなかったことを思い出し納得した。おそらく、この人達が連絡を回し、人払いをしていたのだろう。


「ほな、ご自宅までお送りしますんで。……君らは、どうする?」


 年配の刑事が照美と明人に確認をする。


「うちらは、大丈夫です。家近いんで」


 照美が手を振って断る。


「そうか。ほな、しばらくあっちの出口には誰も近づけんようにするから、見つからんように帰りや」


「はい、ありがとうございます」


 明人が頭を下げる。


「静香!」


 白のバンに乗り込もうとしていた静香に照美が声を掛ける。静香は動きを止め、振り返る。


「また、連絡するから! うちら、ズッ友やで!」


「久しぶりに聞いたわ、その言葉」


 照美の言葉に明人が笑う。静香の顔にも笑顔が咲いた。


「サンディー、明人はん。ありがとう!」


 頭を下げ、顔を上げた静香の目にはあふれんばかりの涙が溜まっていた。


「泣き虫な子やなぁ」


 明人と照美はふふっと笑い、手を上げ静香のお辞儀に答えた。





 帰り道の照美はひどく上機嫌だった。


「なぁ、明人。ほかにも静香みたいな情魔と戦ってる子おるかもしれんよな」


 笑顔で明人に問いかける。


「そやな。日本だけじゃなくて、世界中におるかもしれんで」


「うそ! ほんならいつかデッカイ情魔が現れたら、ハリウッド映画みたいに集結するんやろか! やば! お肌の手入れしとかなあかんな!」


「なんで肌の状態気にすんねん」と明人が笑う。


 気が付くと、照美の自宅の前まで来ていた。帰り道は楽しかったのか、あっと言う間に感じた。


「ほな、爺ちゃんにも静香のこと伝えとくな!」


「おう。今日は疲れたからおれはこのまま帰るわ」


 そう言って明人は手を振り、自宅への帰路へ着いた。




 時刻はすでに夜の十二時を超えていた。明人は、家族に見つからないように、音を立てずに玄関を開けた。玄関で靴を脱ごうとしたその時だった。


「明人!」


 家の中から声が聞こえ、明人はびくりと身体を揺らした。


「アンタ! 今までどこ行ってたんや!」


 リビングから、母親が出てきた。その顔は憤怒の色に染まっている。


「い、いや……。ちょっと……」


 明人の目が泳ぐ。


「勝司くんが、……勝司くんが亡くなったって!」


 そう言って母親が手で顔を覆った。そのまま力なくその場に崩れ落ちる。



「……え?」


 母親の言葉が理解出来ずに、明人はしばらく身動きが取れなかった。

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