二
制服姿の少年が廊下を歩いている。足取りは、重い。
教室の前まで来ると、奥歯をギュッと噛み締め、扉を開けた。
――クスクス。
少年の姿を見つけると、何人かのクラスメイトが薄ら笑いを浮かべた。
少年は構わず自身の席に向かう。椅子を引くと、尻に当たる部分にいくつかの画鋲が置いてあるのが分かった。少年はそれをちらりと見るが、払いのけることもせず、そのまま腰を下ろした。
明人はその光景に思わず顔をしかめる。
机の中を確認すると、手に湿った感触が伝わった。汚れた雑巾が無造作に入れられている。
――なんか、臭ない?
教室の誰かが鼻をつまみながら言う。その言葉に、何人かが声を上げて笑う。
――臭いやつおったら、おれ授業受けられへんわー。帰ってくれへんかなー。
制服を着崩した学生が大きな声で皆に訴える。少年は黙って俯いている。
気が付くと、渡り廊下にいた。天井のない、屋外を繋ぐ上層階の渡り廊下だ。
少年は柵に手を当てて立っていた。辺りはすでに暗くなっていた。
耳を澄ますと、少年が小さな声で何かを呟いているのが聞こえてきた。
――道連れにしてやる。絶対に許さんからな。道連れにしてやる。
少年が柵を乗り越える。ゆっくりと下を覗き込む。中庭の花壇や小さな池が見えた。
――失敗しないようにしないと。
覚悟を決めるように奥歯を噛むと、少年は柵から手を離した。
――クッソ! あいつのせいで。
制服を着崩し、ズボンを腰よりも下げてめんどくさそうに歩く男はぶつくさと文句を言っている。
――なんでおれが警察に呼ばれなあかんねん。
男は道端に唾を吐く。
放課後の薄暗い教室に戻った男は、教室で待っていた派手な髪色の女に声を掛ける。
――おう、ごめん。待ったやろ。
しかし、女の反応はない。
――おい、寝てんのか?
男が女の肩を引き、無理やり顔を向けさせる。
――道連れにしてやる。
――え?
――道連れにしてやる。
女から黒い影が漏れた。
渡り廊下に張られた進入禁止のテープを引きちぎる。
――あと、三人。
制服姿の男が虚ろな目で呟く。先ほどの男とは違う学生のようだ。
――あと、三人。
柵を乗り越えると、なんのためらいもなく身体を前へと倒れこませた。
「……ぶっはぁ!」
明人が現実世界へと戻ってきた。酷い寒気がして身体をさする。
「……すごい情念やな」
照美も顔をしかめている。
「今まで道連れにした奴らの分まで、強くなってるみたいや」
照美が情魔に目線を向ける。黒い影は、泣女の少女の力により動きを抑えられていたが、その内部で蠢く情念は、すべての光を飲み込まんばかりに漆黒の色で塗りつぶされていた。
「どうされるおつもりですか?」
泣女の少女が、涙を流しながら二人に顔を向ける。
「大丈夫、うちらにまかしとき」
照美はそう言うと、明人と目線を交わし、互いに頷いた。
「さぁ、いくで、明人」
「練習通りに、うまくやれよ」
明人が照美の肩を、一度だけ叩いた。
照美がコホンと咳払いをする。
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