第二章 泣いて怒って、そして笑って
一
照美の家のリビングで、三人はテレビを食い入るように見つめていた。
――連日お伝えしております、高校生の連続自殺事件で、新たな生徒の死亡が確認されました。
テレビではリポーターが該当高校の正門前に立ち、現在の状況を説明していた。
「なぁ、爺ちゃん。……これって」
「可能性は、あるかもしれんな」
独朗が深く息を吐く。
「市立南東高校か。……ここからもそう遠くないな」
明人が場所を思い出すように呟いた。
「明人、行ってみよ」と興奮気味に言う照美を、明人は諭した。
「まぁ、待てや。今行ってもマスコミも警察もいっぱいやろ。せめてもう少し遅くなってからにしよ」
「ほんなら、夜の十一時に集合で」
照美の言葉に、明人は力強く頷いた。
目的の高校は、照美の家から歩いて二十分ほどの場所にあった。二人は校舎が見えるところまで近づくと、辺りの様子を伺った。
「あかん。正門前にはまだマスコミも警察もおるな」
明人がライトアップされた正門付近を見て苦々しく吐き捨てた。
「他に入れるところ探そ」
照美も明人の後ろから顔を出し、めぼしい場所はないかと辺りを見渡す。
マスコミと警察に見つからないように校舎の周辺をぐるりと回ると、広いグラウンドが見えた。緑色のネットが張られたグラウンドの奥には、不気味に暗闇に包まれた校舎がぼんやりと浮かんでいる。
「どっか、入れるとこあるかな?」と照美が明人に問いかけた時だった。二人の目の前を一台の白いバンが通り過ぎた。そしてそのバンはグラウンドの脇の通用口から校舎の中に入っていった。
「あそこ、開いてるな」
明人が小声でそう言うと、辺りの様子を伺いながら、通用口へと早足で近づいた。照美もそれに続く。
「ここだけ、警察もマスコミもおらんな」
照美が不思議そうにそう言うが、その状況は二人にとっては好ましいものだったため、あまり気にも留めず二人は通用口から学校内へと足を踏み入れた。
夜の校舎は不気味な空気に包まれていた。ほの暗い廊下の所々で、非常口を表す緑の灯だけがその存在を主張するように光を放っている。
「なんか、気持ち悪いな」
明人が鳥肌を抑えるように腕をさする。
「アンタ、意外とビビりやねんな」
照美がバカにするように鼻で笑う。
「び、ビビってないわ! てか、お前、レーダーは?」
「ちゃんと持ってきたで」と照美がタブレットを取り出す。感度を調節し、情魔の反応を探る。
「やっぱり。この建物のどっかにおるで」
照美が指さす画面を覗くと、青い点が二人の近くで点滅していた。
「よし、行こう」
明人が恐怖心を見せないように照美の前で先導する。
一階を探るが反応が無かったため、二人は二階へと上がった。コツ、コツと二人の足音だけが静かな校舎に響く。
しばらく、廊下を進んだ時だった。何かの音に気付き、明人は足を止めた。
「どうしたん?」
照美が不思議そうに明人を見やる。
「しっ!」
明人は口に人差し指を当て、耳を澄ます。そして、息を飲む。
――ひっ、ひっく。ひっく。
間違いじゃない。女の泣き声だ。すぐ先の教室から聞こえてくる。
「お、おいサンディー。……情魔って、……泣いたりするか?」
明人が震える声で照美に問う。
「い、いや。……うちも聞いたことない」
照美も青ざめた顔でそう呟く。
「マジかよ……」
明人は逃げ出したい気持ちでいっぱいになっていた。実際、照美と一緒でなければ奇声を上げながら走り出していたことだろう。
「でも明人、見て。そこから反応がある」
照美がレーダーを指さし、明人に見せつける。
「行かな、あかんかぁ……」
明人は拳を握りしめ、自らを奮い立たせるように歩を進めた。
教室の前まできた明人と照美は、ゆっくりと、音を立てないようにして教室の扉を開け中の様子を伺う。
「っ! 誰か、おる」
照美が声を殺しながら、それでも驚きを隠せずに明人に訴える。明人の目もそれを捉えていた。
真っ暗な教室の中は机が片付けられ、何もない状態であった。そしてその中心に、うずくまって泣いている少女が一人。
「ひぃぃ!」
明人が思わず悲鳴を上げると、少女もそれに気づいたのか顔を上げた。
「近づかないでと言ったはずですよ!」
少女は目に涙を貯めたまま、二人に顔を向ける。
「……え? 人間?」
「……え? 誰ですか?」
三人の間に、しばし奇妙な空気が流れた。
「はっ!」
気を取り直したように、少女が顔を正面に向ける。
「早く離れて下さい! 早くせんと、あなた方も呪いに取り込まれますさかいに!」
「呪い?」
明人と照美が少女の正面に目を向ける。暗闇の中に、うようよと蠢く影が見えた。
「あ! 情魔!」
二人が指をさし叫んだ。
「……じょーま?」
少女がきょとんとした顔で今一度二人を見た。
照美が扉を開け、ずかずかと中に入っていく。
「アンタこそ何してるんや! 危ないで!」
少女の手を取り、立たせようとするが、その手を払い少女はその場を動こうとしない。
「あては【
「なきめ?」
明人がオウム返ししたその時、情魔が少女に向け触手のような影を伸ばした。
「危ない!」と照美が少女の前に立ちふさがった瞬間、情魔の動きがぴたりと止まった。
――しくしく。悲しかったなぁ。辛かったなぁ。
少女が声を上げ、涙を流している。そしてその身体から、霧のような白い煙が溢れ出していた。その霧は情魔へと繋がり、その身体をすっぽりと包み込んでいる。
「……なんや、これは」
照美が目の前の光景を信じられないといった様子で呟いた。
「これが、あての力です。泣女の力。呪いに寄り添い、その悲しみを代わりに背負ってあげることで、呪いを祓うんです」
少女が涙を流しながら、二人に説明する。
「……すごい」
明人は思わず呟いた。新たな情魔へのアプローチ方法を目の当たりにしたことで、ある種の感動すら覚えていた。
「でも、この呪いはかなり強い力を持ってはります。祓うのに時間が掛かりますんで、お二人は早く離れて下さい」
少女が鼻水を垂らして訴える。
「いや、離れへんで」
照美がニヤリと笑う。
「え?」
少女の涙がぴたりと止まる。
「アンタ、少しの間、この情魔――呪いを止めてられるか?」
照美が腰を落とし少女に問う。
「そ、それは出来ますけど……」
「よし。それで十分や」
照美が立ち上がり明人の方を向く。
「明人、アレ、やるで」
「お前……ミスんなよ」
明人はふっと笑みを零し、照美の隣へと近づいた。
「い、一体なにを?」
少女は不安そうな表情で、二人を交互に見た。
「さぁ、アンタに何があったか、うちらに教えてや!」
照美が指をさすと、胸元の石が光を帯び、瞬時に辺りの景色が変わった。
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