九
「……っぶはぁ!」
現実に戻った明人が肩を揺らし大きく息を吸い込む。自身の喉元にビニール紐が巻き付いているような気がして、思わず両手で確認してしまう。
「……酷い話や」
照美が小さくそう呟くと、明人の方へ向き直った。
「うちらが成仏させてやらんと」
照美のまっすぐな視線を受け、明人はゆっくりと頷いた。
「さぁ、明人、おもいっきりツッコんでや!」
照美が情魔を睨みつける。情魔はうねうねと動き、いつ襲い掛かって来るかも分からない状況だ。
「とっておきのギャグや! いくで! ……私の名前はサンディー。情魔は絶対ゆる、サンディー!」照美が情魔を指さし、満足気な表情を浮かべた。
「……は?」
明人が気の抜けた声を出すと、情魔の身体の端がシャボン玉が割れる程度にパフッと音を立てて弾けた。
「ちょ、ちょっとアンタ! ちゃんとツッコんでよ!」
照美が狼狽えながら明人に訴える。
「はぁぁぁ? お前今のクソみたいなギャグにどうツッコめって言うんや」
明人が呆れた表情で言葉を返す。
「どこがクソみたいなギャグや! 爺ちゃんは腹抱えて笑ってたわ!」
「お前の家系の笑いのツボ、穴空いてるんとちゃうか?」
「なんやて!」
二人が言い争っているその最中、情魔が速度を上げて二人に襲い掛かってきた。
「危ない!」
照美が咄嗟に明人を突き飛ばす。情魔はその勢いのまま照美に覆いかぶさった。
「お、おい! 大丈夫か!」
照美の全身がすっかり情魔に覆われている。黒い粒子がうねうねと動き、中からは照美のうめき声が微かに聞こえている。
「お、おい! 照美!」
どうすればいいのか分からない明人は、情魔に覆われた照美のそばでただただ狼狽えるほかなかった。
「さ、サンディーって呼べ……」
照美の声が小さく聞こえる。
「お、お前、今そんなこと言うてる場合じゃないやろ!」
「も、もしくはクレオパトラって呼べ……」
「いや、誰が絶世の美女やねん!」
明人がそう叫んだ瞬間、情魔の内側から光が漏れ出した。黒い幕にポツポツと穴が開き出したかと思うと、次の瞬間、内部から爆発するようにして情魔が弾けて霧散した。
情魔の中にいた照美が姿を現した。胸元の共感石が眩く輝いている。明人はすぐさま照美に駆け寄り身体を支えた。
「お、おい。大丈夫か?」
「……うぇ。……吐きそうやけど、明人の服になら大丈夫や」
「それは吐かれた側が言うセリフや!」
照美はしばらくの間うずくまっていたが、徐々に体調が良くなってきたのか、ゆっくりと立ち上がり明人を睨みつけた。
「てか、アンタ! なんでツッコまんかったんよ!」
「だから、あんなクソみたいなボケにどうやってツッコめっていうねん」
「ツッコむのがアンタの仕事やろ!」
「何でもかんでもツッコむと思うなよ! おれにだってプライドがあるんや! お笑いに対するプライドがな!」
「何がプライドや! 笑いなんてなんでも一緒やろ! うんちとかちんちんとか言うてたらみんな笑うんやろ!」
「ふざけんなお前! おれは下ネタに走るヤツが大っ嫌いなんや! おれの前で二度と下ネタ口にすんなよ!」
二人は興奮状態で罵り合う。互いに息を切らし、思いをぶつけ合う。が、そのうち言葉も出なくなり、睨みあう態勢となった。
「……もう、ええわ」
照美が唐突にそう言うと、明人から目線を外した。
「……やっぱり、人に頼るのが間違いやったんや。……もう、呼ばんから」
そう言うと照美はゆっくりと振り返り、繁華街の雑踏へと歩き出した。
「お、おい!」
明人が声を掛けるが、聞こえているのかいないのか、照美が歩みを止めることは無かった。
「……クソが」
一人残された明人が力なく壁に寄り掛かる。
――後味が悪かった。自分のせいだとは思わないが、明人の脳裏には振り返る間際の寂しそうな照美の顔がこびりついて離れなかった。
ふと、明人が地面に落ちているものを見つけた。――定期入れだ。
ゆっくりと拾い上げて中身を確認する。出発駅と到着駅の記された定期券の下部に、【タカハシ テルミ様 16才】という文字が確認出来た。
明人は大きく息を吐いた。
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