――サイトウさん、今しかないですよ!


 サラリーマン風の男がしゃべっている。


――確実に儲かる銘柄! 限られた人にしかお話ししてない内容ですんで!


 男が熱弁を振るう向かいに、中年の男性が腕を組んで唸っていた。


――うーん。でもなぁ。うちの会社も今そんなに余裕ないしなぁ。


――余裕がないからこそですやん! 大丈夫です。これに投資してれば、半年後に

は二倍になって返ってきますんで! サイトウさんの工場も、新しい設備入れたほうがいいでしょ?


 男は貼り付けたような笑顔で中年に向かい書類を差し出す。


――うーん。ミカミくんがそこまで言うなら。……ほな、三百万だけな。


――さすが! 一国一城の主は決断力が違いますな!




――どういうことや!


 中年男性が電話口に向かって叫んでいる。


――絶対間違いないっていう話やったやろ!


 怒りで顔が真っ赤に染まっている。


――そんなこと言われましても、投資に絶対はありませんからねぇ。


 電話の先から男の飄々とした声が聞こえてきた。


――それよりサイトウさん。ここまで下がったら追証おいしょう入れてもらわんとあかんくなりましたわ。


――ふざけんなよお前! この期に及んで追証やと!


――落ち着いてくださいよ、サイトウさん。このままやったら投資した分の三百万、丸々損しまっせ。……せや! サイトウさん、この商品はいったん損切りしてしまって、別の商品紹介しますわ。……これはほんまに秘密のやつですんで。


――お前、そんなこというてまた騙す気ちゃうやろな!


――サイトウさん、いつ僕が騙しました? 大丈夫、損した分もこれで全部取り返しましょう。





 がらんとした天井の高い建物内に、中年男性は一人立っている。元々は工場だったのか、所々になにかの工具や機械の残骸が散らばっているのが見える。


 男は焦点の定まらない目で空虚を見つめていた。


――失敗した。失敗した。失敗した。


 小さな声で呟いているのが聞こえてきた。


――取り返さな。もう無理や。取り返さな。もう無理や。


 男の目から涙が溢れてきた。


――もう無理や。もう無理や。もう無理や。もう無理や。



 男はドアの取っ手にビニール紐を結びつけた。

 明人は思わず目を瞑るが、イメージは構わず瞼の裏に映りこんでくる。

 男は輪っか状に結んだ紐を自身の首に巻きつけると、そのまま力なく崩れ落ちた

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る