七
数日後、日も暮れそうな時刻に明人はなんばの百貨店前にいた。照美から集合せよとのメッセージを受け取ったからだ。
「あ、おったおった」
明人が声のする方へ顔を向けると、照美が手を振っているのが見えた。制服姿で栗色のツインテールを揺らしながらこちらに笑顔を向けてくる照美に、明人は少しの間見惚れてしまった。
出会った日は色々ありすぎて余裕がなかったのもあるが、改めて見る照美は、やはり自分の好みのタイプの容姿をしていると明人は思った。学年は、明人の一つ下らしい。
「どうしたん? 顔赤いけど熱でもあるんか?」と近づいてきた照美が明人の顔を覗き込む。
「い、いや。なんでもないわ」
「そう。ほんならいいけど。……はい、これ」
照美が差し出してきたのはバスケ部が使うようなリストバンドだった。
「これは?」
「中に共感石を縫い付けてある。一度共感石に触れた人間は情魔の存在を感じることは出来るんやけど、肌身につけたほうがはっきりと認識出来るから」
明人は幾度か角度を変え、リストバンドを覗き込むようにして中身を確認していたが、そのうち諦めたかのように右手首にそれを通した。
「で、今日はこれ渡すために呼んだんか?」
明人は着け心地を確かめるように、何度か手首を捻りながら照美に問いかけた。
「んなわけないやろ。行くで。情魔退治に」
照美はまるで今からショッピングや映画館に行くようなノリで手を突き上げ歩き出した。
「お、おい。ちょっと待ってや」
明人は慌てて後を追いかける。
「退治いうても、どこいくんや? 目星はついてんのか?」
追いついた照美に問いかける。
「ふふん。うちにはこれがあるからな」となにやら得意げに照美が取り出したのは、手の平サイズのタブレットのようなものだった。
「なにこれ?」明人がタブレットを覗き込む。周辺地図のようなものが表示されており、赤い点が二つ、中心で点滅していた。
「爺ちゃんの新しい発明品。その名も【情魔レーダー】」
「なんやその安易な名前」
「情魔は負の感情の集合体やろ? このレーダーは強い負の感情を感知して、地図上に表示してくれるんや。お! 言うてたら強い反応来たで!」と嬉々とした声を上げる照美に反して、明人は少し身構えた。あの得体の知れないものにまた近づかないといけないという恐れがあったからだ。
「ここや!」
照美がタブレットを確認しながら、大きな声で指をさした。
「え! ここは……」
顔を上げた照美が絶句する。
「……パチンコ屋やないか!」
明人が思わずツッコミを入れる。二人の石がほわりと発光した。
「お、おかしいな……。あ! 待って! あっちにも強い反応がある!」
そう言って照美が駆けだす。明人も慌てて追いかける。
「えーっと……。あ! ここや! ここ!」
照美が嬉しそうに指をさす。煌びやかに輝くその場所を。
「いや、パチンコ屋やないか!」
明人が再びツッコむ。二人の石がほわりと発光する。
「そんなぁ……。あ! 待って! めちゃめちゃでっかい反応があるで!」
照美が地図を確認し、またしても走り出した。
「お、おい! 危ないで!」
明人が後を追う。
「ここや、ここ! めちゃめちゃでっかい反応や!」
照美が声を上げると、明人は知ってましたと言わんばかりにため息を吐いた。
「ここはめちゃめちゃでっかいパチンコ屋やっ! なんやこれ! パチンコ屋しか表示せんのか! 【パチンコレーダー】か! 全然あかんやんけそれ!」
明人が一気にまくし立てた。
「っていうか、パチンコ屋に負の感情が集まりすぎなんよ! 明人! 情魔の前に、パチンコ倒すで!」と腕をまくり上げ、パチンコ屋に入って行こうとする照美の腕を掴み、明人は必死で引き留めた。
「アホっ! 制服姿でパチンコ屋入ろうとすんな!」
「止めるな明人! うちは倒すんや! この! なんや? この! 銀の! 玉の! やつを!」
暴れまわる照美を羽交い絞めにして店の入り口から引き離す。
「ちょっとキミら! なにしてるんや!」
二人が声のする方を見ると、警官が一人、駆け寄ってくるところだった。
「ヤバい! 逃げるで!」
明人は照美の手を掴み、警官から逃げるように路地裏へと駆けだした。
いくつかの角を曲がり、警官が追って来ないことを確認してから、二人は倒れこむように路地の壁に寄り掛かった。
「はぁ、はぁ、……もう大丈夫かな?」
照美が来た道を確認しながら言う。
「はぁ、はぁ、……っていうか、マジでそのレーダー当てにならんやんけ。ほんまに情魔の場所分かるんか?」明人が呆れたようにタブレットを指さす。
「分かる! ……はず。うちも使うの初めてやったから……」
「はぁ? んじゃお前、今までどうやって探しててん」
「今までは、夜な夜な怪しそうな場所に出向いて探してた。言うなれば女の勘やな」
照美は自慢げに胸を張る。
「ようそんなんで……」
「でも! 情魔に襲われそうになってたアンタを見つけたのは事実やろ?」
「それはそうやけど」
「一応な、傾向はあんねん。情魔は負の感情やから、明るい所が苦手で暗い所が好きやねん。ちょうどこんな、路地裏みたいなとこ……」と照美が路地の奥を指さした瞬間、レーダーから激しい音が鳴り出した。緊急を告げるアラートのような音だ。
「……え?」
二人がレーダーを覗き込むと、自分たちを示すであろう赤い点のすぐそばに、青い点が表示されていた。二人は恐る恐るそちらに目を向けた。
――いた。
二人の目線の先に黒い影。砂鉄が連なり、宙を舞っているような形状。――情魔だ。
「ほら! おったやろ!」と照美はなぜか嬉しそうな声を上げる。
「い、いや、そんなこと言うてる場合じゃないやろ」明人は少し後ずさる。
照美は気にせず情魔に向かい合い、指をさした。
「明人! 情魔を倒すにはまずは共感! どんな想いを持って死んでいったのかを理解する必要があるんや。――さぁ、何があったか、うちに教えて!」
照美が言うや否や、胸元の共感石が光を帯びた。直後、二人はまたイメージの世界へと誘われた。
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