「……っぶはぁ!」


 明人はまるで今まで水中で溺れていたかのように大きく息を吐き出した。急いで酸素を取り入れようとするが、鼓動の速さがそれを許さない。ぜっぜっと肩を動かし続ける。


「……クソ野郎が」


 隣の少女が呟くのが聞こえ目を向けると、少女の瞳からは一筋の涙が零れ落ちていた。しかし、意を決したように袖で涙を拭うと、少女は影を睨みつけた。


「今、救ったるからな」


 少女はゆっくりと右手を背中に回した。


「この、聖剣エクスカリバーで!」


 その瞬間、明人の目には少女の動きがスローモーションのように映った。少女が背中から手を抜き取ると、その手には白く輝く棒状のものが握られていた。


 長さははおおよそ三十センチ。握った手から先端までの三分の二までは白く光り輝き、その先は徐々に緑のグラデーションがかかり、先端はいくつかに枝分かれしている。


――ネギだ。どこから、どう見ても、ネギだ。白ネギだ。


「いや、なんでネギやねん!」


 明人が思わずそうツッコミを入れると、少女の胸元が眩く光り出した。


「なに? この力は?」


 少女もその変化に驚きを隠せない。


 明人のズボンのポケットも光を帯びていた。


「はっ! 今なら!」


 少女は影に向き直り、ネギの先端を向け大声で叫んだ。


「成仏しぃや! 爆笑爆散波ばくしょうばくさんは!」


 少女がそう叫んだ瞬間、胸元から一閃の光が飛び出した。それが影に突き刺さると、影の中心から光が溢れだし、ついには大きく膨らみ爆発した。


 爆風と閃光から身を守るため、明人は両手を前に突き出した。しかし爆風が明人の身体を襲うことはなく、薄目で様子を伺うと、そこには初めから何もなかったかのように路地裏の静寂があるだけだった。


「……なんや、いまの」


 明人は一瞬呆然としたが、すぐに少女の存在を思い出し隣に顔を向けた。そこには、明人と同じく呆然と立ち尽くす少女の姿があった。


「……初めて、成功した」


 そう小さく呟いた少女は、我に返ったかのように明人に向き直ると、明人の両肩を掴み激しく揺さぶった。


「アンタ! なんや! 今なにをしたんや!」


 明人の首はまるで人形のように力なく前後に揺れている。ラーメン屋を出てからの現状がまるで把握できないまま、初めて出会った少女にぶんぶんと首を振り回されている。


 ――いや、なにこれ。誰か説明してよ。


 明人は半ば泣きそうになっていた。


「ジョーマも見えてたみたいやし、アンタなんやの!」


 尚も少女は明人を問い詰める。揺さぶる手を緩めない。


「うぅ……。気持ち悪い……」


 明人のそのうめき声に、ようやく我に返った少女が手を離すと、明人はそのまま振り返り、胃の中の残りカスを吐き出した。

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