こじんまりとしたアパートの一室が見える。置いてある家具や小物の色合いから、女性の部屋であろうことが分かる。


 ――なぁ、今月ピンチやねん。


 男の声が聞こえる。金髪に近い色の髪を綺麗にセットしたスーツ姿の男だ。


 ――でも、一昨日お金渡したところやん。


 今度は女の声だ。下着の上から薄手のキャミソールを羽織っているだけのセクシーな姿だ。


 ――しゃーないやろ。ええもん身に付けんとバカにされる世界やねんから。


 そう言って男は女を抱き寄せる。


 ――おれがナンバーワンになったら、お前も鼻が高いやろ。


 男が女の頬にキスをする。


 ――もう、しゃーないなぁ。


 そう言って女はブランド物のバッグから財布を取り出し、札を数枚男に手渡す。


 ――ありがとう! やっぱりおれにはアカネしかおらんわ。


 そう言って男は再度口づけをし、笑顔で部屋を後にした。



 場面が切り替わる。きらびやかな装飾が施された店内にいた。


 ――アカネちゃん、いくつになったんやった?


 オールバックに口髭を付けた強面こわもての男が問いかけてくる。


 ――来月で二十八ですね。


 綺麗に着飾った女が答える。開店前なのだろうか、周りに客の姿はなかった。


 ――そうかぁ。もうそんなになるか。……そろそろ、次の道でも探したらどうや?


 男が女に顔も向けずに、口髭をさすりながらそう言った。


 ――それって……。どういう意味ですか?


 女の声は少し震えている。その答えを知りつつも、受け入れられないといった様子だ。


 ――若くていい子も最近ようさん入ってきたしなぁ。アカネちゃん、売上も落ちてるやろ?


 女は俯き、唇を噛みしめている。



また、場面が切り替わる。


 ――ほんなら、もう今までみたいに金は出せんってこと?


 金髪の男がしゃべっている。その顔は険しい。


 ――だ、大丈夫。別のお店紹介してもらってちゃんとするから。


 女が取り繕うように答える。


 ――そや。ゲンジさんとこの店が人足らんって言うてたんやった。アカネ、行ってくれん?


 ――え、でも。ゲンジさんのお店って……。


 ――今までよりちょっとだけ大変かもしれへんけど、今まで以上に稼ぐことは出来

るやろ。……おれがナンバーワン取るまでの辛抱や。そうなったら、アカネにもいい思いさせたるから。な?


 ――う、うん。




 水の音が聞こえる。小さなバスタブの中に水が溜まっている。


 女は湯船にからずに、服を着たまま洗い場に膝をついていた。その目は真っ赤に腫れている。唇が震え、声にならない声でつぶやき続けているようにも見える。女が右手をゆっくりと上げた。手にはプラスチックの持ち手が付いたカミソリが握られていた。


 ――あ、あかん!


 明人は心の中でそう叫ぶが、女の耳には届くはずもない。この先に起こる不穏な予感により明人の鼓動が早くなる。


 女はゆっくりとした動作でカミソリを自身の左手首に当てた。そこで一瞬の間が空いたかと思うと、女は下唇を噛みしめ右手を一気に引き抜いた。


 赤というよりは紅といったほうが正しいような鮮血が吹き出し、バスタブ内に落ちたそれらは、揺らめきながら水の色を染め上げた。


 未だに血の吹き出す左手を女はバスタブにひたした。水の色がどんどん赤に侵食されていく。その様をぼんやりと見ながら、女は力なくうなだれるようにしてバスタブに寄り掛かった。

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