第29話 カルテイーアの頼み
武神が来るのを待っていると、テーブルに突っ伏していたカルテイーアが手招きする。
「何ですか、カルテイーアさん? ギルベルトさんが戻ったので、注文ならギルベルトさんに出してください」
カルテイーアが疲れた表情で、面倒くさそうに発言する。
「違うわよ。スタンプ・カードを持っているでしょう。私も押してあげるから一仕事して来てよ」
(カルテイーアからの依頼か。ちょっと気になるな。聞くだけタダだ)
「どんな仕事ですか?」
「信徒が勇者に追い詰められて困っているのよ。助けを求めているわ」
(これぞ、悪の親玉の手先って仕事だな。勝手に受けていいのかな。でも、今の俺は基本的に、悪の親玉を助けるのが仕事だからな)
フィビリオが迷っていると、カルテイーアが眠そうな顔で依頼する
「信徒を助けたら、スタンプ一個。信徒のために次のアジトまで見つけてくれたら、もう一個を押すわ」
(いいねえ、合計でスタンプ二個か。簡単に終わりそうだ。助ける、までなら、割のよい仕事かもしれん。だが、アジトを見つけるのが大変かな)
「アジトって、簡単に見つからないでしょう?」
「自分の足で見つける必要はないわ。アジト用の物件を扱う不動産屋を紹介するから、不動産屋で紹介してもらって」
(不動産屋が探してくれるなら、話が早い。要は店舗まで連れていけばいいだけだ。でも、悪人にアジトを斡旋する不動産屋なんて、聞いた覚えがないぞ)
「悪人のアジトって、不動産屋に紹介してもらうんですか?」
「魔人がやる不動産屋よ。ほら、場所を書いたチラシをあげるから、チラシを見て行ってきて」
フィビリオが迷っていると、ギルベルトが優しい顔で告げる。
「カルテイーアさんの頼みを聞いてやっておくれ。武神には私がちゃんと言っておくから」
(なら、ちょっと横道に逸れるが、空いた時間にスタンプを二個、ゲットしておくか)
「これも乗りかかった船だ。いいよ。やってやるよ」
辺りが暗くなると、数秒で明るくなった。
大きな柱が八本立つ地下空間に、フィビリオがいた。
生贄なのか、薄い布の服を着た女性が寝る台の後ろに、フィビリオがいる。
台の前には赤いローブを着た男がいた。
男は黒い宝珠を持ち、二十mの距離を空けて、四人の冒険者と対峙していた。
赤いローブの男がフィビリオの登場に気付いて、素っ頓狂な声を上げる。
「やや、お前は何者だ?」
男は人相の悪い中年男性だった。
「何者って、お前がカルテイーアに助け求めたんだろう、助けに来てやったぞ」
男はフィビリオの言葉を露骨に疑った。
「でも、その恰好はカルテイーア様の援軍ではなく、料理人に見えるぞ」
「屋台のアルバイトが終わってから、すぐに来たんだよ。それで、あの四人を倒せばいいのか?」
男は半信半疑の顔で依頼した。
「そうしてもらえると、助かる」
冒険者は全員がレベル五十と、冒険者にしては高いレベルだった。
「わかったよ。さっさとやるよ。魔術・ダークネス・ソード」
フィビリオは魔法の黒い剣を手に、すたすたと歩いて、距離を詰めた。
「剣技・魔人斬り」と重戦士の冒険者が、大きな剣を手に斬り掛かってきた。
「剣技・真魔人斬り」とフィビリオは重戦士を力押しで斬り伏せた。
軽戦士が駆け込んできた。
「喰らえ、剣技・剣舞八連撃」と軽戦士の冒険者が斬撃を放った。
「剣技・剣舞六十四連撃」とフィビリオは手数で圧倒して軽戦士を斬り伏せた。
神官が攻撃魔法を唱える。
「神聖術・ホーリー・フレイム」
白い大きな炎の塊が飛んできた。
魔術師も魔法を合わせて唱えた。
「魔術・デス・レイ」
黒い光線が放たれた。
フィビリオは飛んでくる魔法をダークネス・ソードで何なく斬った。
「魔術・ディープ・メンタル・インパクト」
神官と魔術師が黒い光に覆われると、二人は昏倒した。
「まあ、こんなものか」
ローブの男はいたく喜んだ。
「おお、さすがは、カルテイーア様が遣わした援軍なだけある。あの四人を、こうも簡単に
ローブの男が手にした短剣で冒険者に
「おい、お前、何をしようとしているんだ?」
男はフィビリオの問いに驚いた。
「だから、憎っくき侵入者に止めを刺そうとしています」
フィビリオは怒った。
「勝手な真似をするなよ。こいつらは俺の戦利品だ。俺が処分する。あと、そこの生贄も褒美として貰うぞ」
男は弱った顔で抗議する。
「でも、生贄を持っていかれると、計画が達成できません」
フィビリオは堂々たる態度で嘘を主張した。
「お前たちの計画は知らんよ。カルテイーアも、報酬代わりに生贄は貰って良いって認めてくれたしな」
「いや、しかし――」
フィビリオは男を睨んで凄む。
「何? なら、俺と取り合いをするか?」
「いえ、そんな。カルテイーア様が遣わしてくれた方と争うなんて、滅相もない」
「わかった。なら、こうしよう。冒険者の持ち物は、お前にくれてやる。高そうな武具だから、持っていけ」
フィビリオは冒険者四人から装備を剥ぎ取る。
転移門を開くと、生贄と一緒に冒険者を放り込んで、適当な街に飛ばした。
「俺の名はフィビリオ。お前の名前は? それと、アジトに困ってないか」
「名前はホルストです。正直に言えば、先ほどの冒険者にここを知られたので、アジトは廃棄するしかないです。ですが、ここよりいい場所が、簡単に見つかるかどうか」
ホルストは本当に困っていた。
「なら、不動産屋を紹介してやるよ。ほら、行くぜ」
チラシには魔法が掛かっていた。なので、行った記憶のない場所だが、転移門が開けた。
カルテイーアに紹介された場所は、紫の霧が立ち込める荒野だった。
荒野の真ん中に二階建て八十㎡くらいの立方体の木造の建物が一軒だけ建っていた。
ホルストは気味悪そうな顔をしていた。フィビリオは不動産屋の扉を開ける。
中には眼鏡を掛けて茶色のベストを着た、灰色の毛並みの猫の魔人がいた。
「カルテイーアさんの紹介で来た。こいつに、新しいアジトを紹介してほしい」
魔人はにっこりと微笑む。
「いいですよ。今は借りる悪人さんが少なくなっています。だから、すぐに入居できる物件が多数あります」
「悪の宗教団体でも、借りられるのか?」
魔人はうんうんと頷き、営業トークを並べる。
「もちろん、ですとも、敷金礼金なしは当たり前。大型ペット飼育可、楽器演奏可能、国籍種族問わず、重量物搬入可能、アンデッド入居可の物件も多数あります」
「ほう、条件はいいんだな。ちなみに、お勧めは何だ?」
「築古物件になりますが、マディアラス文明関係の遺跡物件でしょうか。こちらは、悪事にすぐ使えるマディアラス文明の遺産が付いています」
「いいのがあるな。ほら、ホルストさん、さっさと決めてこいよ」
ホルストは不動産屋と話し合う。
暇なので椅子に座っていた。
一晩中カルテイーアの愚痴を聞いていたせいか、眠くなってきた。
うとうとしていると、ホルストに声を懸けられた。
ホルストは非常に満足な顔をしていた。
「フィビリオさん、新しいアジトが決まりました」
「何、そんなに簡単に決めていいのか? 内覧が必要だろう?」
「もう、見てきましたよ」
外を見ると、すっかり暗くなっていた。
(うっかり寝ちまったか)
「そうか、よかったな。じゃあ、転移門で送って行く」
「これから契約書を交わします。引っ越し屋さんも不動産屋さんに紹介してもらいます。元のアジトまでは不動産屋さんが転移門で送ってくれるので、大丈夫です」
(簡単に行ったね。これでスタンプ二個は美味しい仕事だった)
「そうか、新しいアジトが決まってよかったな。俺は帰るわ」
フィビリオが転移魔法でギルベルトの屋台に戻った時には、カルテイーアはいなかった。
「あれ、カルテイーアさんは、どうした? せっかく信徒を助けて、新しいアジトまで決めて来たのに」
ギルベルトが気の良い顔で告げる。
「帰ったよ。でも、心配しなくていいよ。スタンプは
ギルベルトにスタンプ・カードを差し出すと、ギルベルトが二個スタンプを押す。
「それと、カルテイーアさんが、フィビリオによろしく、だって」
(嘘の名前ではなく、本名を知っていたか。昔の仕打ちは水に流してくれるって対応で、いいんだろうな)
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