第28話 屋台の客(後編)
カルテイーアはフィビリオのお勧めを食べると、酒をお替わりする。
カルテイーアが料理を突きつつ、話し掛けてくる。
「貴方、名前は何て言うの?」
(来たね。カルテイーアの前で名乗った記憶は、ない。だけど、覚えていると面倒だな)
「フィリベルトですよ。今日だけのアルバイトです」
カルテイーアは素っ気ない態度で訊く。
「で、どういった経緯で、この店でアルバイトをしているの?」
「知り合いから、一日でいいから店番をしてくれって頼まれたんですよ」
カルテイーアは当然の疑問を口にする。
「知り合いねえ。でも、ここは、レベル五十以上じゃないと、来るのすら難しい場所よ。神でも悪魔でもないのに、よくここに来られたわね」
(ここは、深く話さないほうがいいな)
「人生、いろいろありましてね、ここに来られるくらいには、強くなりました」
カルテイーアは目を細めて、手に持ったコップを揺らす。
「怪しいなあ」
フィビリオは鍋の具を突きながら、誤魔化す。
「もう、よしてくださいよ。お客さん。この円形のぽちゃっとしたやつ。それと、袋のやつ、どうです? ああ、あと、穴の空いた棒状のやつも、美味しそうですよ」
カルテイーアは鍋の具を見て注文する。
「
カルテイーアだけに、あれこれ質問させるのは具合がよくない。
それに、フィビリオから話を振らないと不自然だと思ったので尋ねる。
「さっき、ここに来るには神か悪魔でないと来られない、と言いましたね。だったら、お客さんは、その、神様なんですか?」
カルテイーアは注文した具を食べながら簡単に聞き返す。
「邪神カルテイーアよ。知らない?」
よく知っているが、知らん振りで通す。
「訊いておいて何ですがよく知りません。神様なんて主要十二神しか知りませんが」
カルテイーアは軽いのりで疑った。
「本当? 知っていて、知らない振りをしているんでしょう」
(少し酔いが回ってきたようだな。これは言い逃れできるな)
「お客さんにそんな失礼な態度は採りませんよ。でも、邪神って呼ばれるくらいなんですから、その、悪い神様なんですか?」
カルテイーアは気分を悪くしなかった。カルテイーアはしみじみと語る。
「確かに、人間から見れば悪い神様ね。人間視点で見ればね。でもね、この世界は、人間のためにあるんじゃないのよ。だから人間にとって邪神でも、他からすれば、単なる一つの神よ」
(なるほどねえ。これは、何度も殺して経験値を稼いだのは悪かったかな)
フィビリオは、少し反省した。
「指摘されりゃ、人間がでかい顔して世界を
カルテイーアはとろんとした目でコップを揺らす。
「それに邪神はね。創造神から邪神の役割を与えられたに過ぎないのよ。これで、お役目替えがあれば、次は私が美の神か、地母神になる可能性だって、あるのよ」
(これは知らない情報だ。神様も転職ならぬ転神があるのか?)
「神様って、職業みたく変更があるんですか?」
「あるわよ。ギルベルトが良い例でしょう。ギルベルトだって
「ギルベルトさんに、そんな歴史があったのかあ」
「お替わり」とカルテイーアはコップを差し出したので、酒を注ぐ。
カルテイーアはコップの酒をちびちび飲みながら語る。
「私だって、
意外な告白だった。
「カルテイーアさんて、人間だったんですか? それが今じゃ神様なら大した出世だ」
「出世かどうかは、わからないわ。フィリベルトはマディアラス文明って知っている?」
(カルテイーアからマディアラス文明の名が出ると、意外だな)
マディアラス文明についてなら、下手な考古学者よりフィビリオは知っていた。
だが、今は屋台のアルバイトなので、知らん振りをする。
「御伽噺で聞いた覚えがありますね。とても発達した文明だったけど、神の怒りに触れて一夜で消えた、と」
「一夜で消えたは、間違いね。マディアラスの民は選択を迫られたのよ。この星に残って神様になるか、この星を出て行くか」
マディアラスの民が消えた理由は、フィビリオでも、知らなかった。
「そうだったんですか? もしかして、カルテイーアさんは、元マディアラス人なんですか?」
カルテイーアは微笑む。
「マデイアラス人の技師よ。マディアラス人の内、八人は神様になり、この地に残った。残りの九十三人は、大きな船を造って、空に浮かぶ星の海に出て行ったわ」
マディアラス人が少ないとは知っていた。だが、百人くらいしかいなかったとは、驚きだ。
「マディアラス人って、百人ちょっとしかいなかったんですか。それは、ちと寂しいですな」
カルテイーアが寂し気な顔で、しみじみと語る。
「色々あってね、純粋なマディアラス人は百一名しかいなかったわ」
好奇心から訊く。
「星の海の先には何があるんでしょうね?」
カルテイーアは素っ気ない素振りで、興味なさそうに発言した。
「知らないわ。でも、出て行った奴らは、希望に目を輝かせていたわ」
「もしかして、カルテイーアさんも一緒に行きたかったんですか?」
カルテイーアは思慮深い顔で答えた。
「そうかもしれない。でも、私は外に飛び出す選択をしなかった。今は、それでいいと思っているわ」
そこからはカルテイーアは邪神になった愚痴を語り始めた。愚痴は纏まりがなく、何度も同じ内容を話す。聞いていて、飽き飽きした。
だが、一人しかいないお客さんを邪険には、できなかった。
(参ったな、完全な酔客だよ。でも、他のお客さんもいないし、誰の迷惑にもならないから、いいか)
フィビリオは適当に相槌を打つ。時には酒のお替わりを進め。煮物を出す。
カルテイーアは、そのうち気持ちよくなったのか、うとうとし出した。
本気で心配になったので、注意する。
「お客さん。こんなところで、寝たらダメですよ。家に帰って寝てくださいよ」
カルテイーアが眠そうな顔で反論する。
「いいでしょう。どうせ、他にお客なんか、来ないわよ」
カルテイーアは結局、ぐたぐたと夜が明けるまで屋台で時間を潰した。
朝日が昇ると、雲に乗ったギルベルトが帰ってきた。
ギルベルトはうとうとしているカルテイーアを見ると驚く。
「ありゃ、カルテイーアさん。来ていたのかい。随分と気分良さそうだね」
フィビリオが愚痴った。
「昨日の晩からいて、帰らないんですよ」
ギルベルトは半笑いで宥める。
「カルテイーアさんの場合、他にお客がいないと、いつも、こうだよ」
「では、俺は武神を待って帰りますね」
ギルベルトが優しい顔で申し出た。
「帰る前に、スタンプを押してあげるよ。武神さんから頼まれているからね」
「スタンプって、ギルベルトさんも押せるんですか?」
「創造神発行のスタンプ・カードだろう。昔、神か、今が神なら、押せるよ」
(そうなんだ。武神じゃなくても押せるんだ。なら、武神の仕事がなくなったら、他の神様の居留地に行って御用聞きをする選択も、ありだな)
フィビリオは魔法でスタンプ・カードを取り出す。
ギルベルトに差し出すと、ギルベルトはスタンプを押してくれた。
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