第30話 悪徳商人のビジネス

 大陸西部に沿岸に面した縦に長い国がある。

 ハルツコルツ王国と呼ばれ、塩を特産品としていた。


 陽が昇りきる前の街道を、フィビリオは武神と一緒に歩いていた。

「それで、次はどんな悪人なんだ?」


 武神は笑顔で応じる。

「次は悪徳商人のクラウスさんよ。クラウスさんはハルツコルツ王国で専売になっている塩の密売をやっているのよ」


(塩の密売か。俺の生まれた国じゃ塩は自由に売り買いできたけどな)

「ハルツコルツといえば塩で有名だが、国内では自由に売買できないんだな」


 武神が明るい顔で内情を説明する。

「塩は国王から免許を受けた業者だけが販売できるわ。でも、クラウスさんは専売業者から塩を違法に買い入れて、禁輸指定国であるザフィード王国に売っているのよ」


(何か、あんまり大物悪徳商人って感じがしないな)

「塩の密売ねえ。麻薬とか武器なら輸出禁止がわかる。だが、塩は禁止すべき品じゃないと思うけどな」


「それは国家間の思惑おもわくよ。フィビリオはクラウスさんの代わりに留守番をしてくれればいいのよ」

「それで、クラウスは休暇を貰って何をするつもりだ?」


 武神が軽い調子で教えてくれた。

「ザフィード王国に亡命するための準備よ。国家に塩の密売がばれそうなんだって」

(亡命まで考えているとなると、扱う品は塩だがけっこう危険な商売だったんだな)


「なら、俺が留守番中に捜査が入る可能性もあるか」

「可能性は五分五分かしら。でも、入ったらまずいわよ。まだ、最後の取り引きが残っているから、その取り引きが検挙されれば、塩を没収されるわ」


「最後の取り引き分くらい、諦めたらどうなんだ? 今まで散々に儲けただろう」

 武神はのほほんとした顔で気軽に内情を語る。


「ニクラスさんもやりたくなかったそうよ。だけど、少しでも多く塩が欲しいと亡命先から頼まれて、断れなかったのよ」


「わかったよ。なら、家を守りつつ最後の取り引き分の塩を守るのも、俺の仕事なんだな」


 武神がにっこり微笑んで告げる。

「わかっているなら、よろしい。簡単なお留守番ならスタンプが一個。塩まで守れたならもう一個押すわ」


「なら、二個狙いだな」

「ほら、あの大きな工房を持つ、鉄格子に囲まれた家がそうよ」


 クラウスの屋敷は敷地が三千㎡もあった。敷地には三角屋根の五百㎡の屋敷と、千㎡の工房が建っていた。


 武神が屋敷のドアをノックする。ドアが開いて、小太りの中年男が出て来る。

 男は血色がよい丸顔で、短い赤毛の髪をしていた。恰好は旅用の厚手の赤色の服を着ていた。


 武神が挨拶する。

「おはようございます。クラウスさん。お屋敷の留守番を見つけてきました」


 クラウスは喜んだ。

「連絡がないものだから、間に合うかどうか、ドキドキしてお待ちしておりました」


(この規模の屋敷で主人自らが出迎えるとは珍しいな)

「番頭や下男は、いないんですか?」


 クラウスが厳しい顔で静かに告げる。

「屋敷の使用人には全員に金を渡して、休暇名目で故郷に帰しています。私も、もうこの屋敷には戻らないつもりです」


「じゃあ、最後の取り引きはどうするんですか?」

 クラウスは真剣な顔で仕組みを説明する。


「私のビジネスには秘密のパートナーがいるんです。名はダイモンテです。最後の塩が届けば、私が指定する場所にダイモンテが運んでくれる手筈になっています」


「つまり、俺は屋敷に誰かが残っているように見せるためのくらまし要員。かつ。そのダイモンテのサポート役なんだな」


 クラウスが真面目な顔をして、鍵束を渡してきた

「話のわかる方で実に助かる。これが、屋敷と燻製工房のカギです」


 玄関の前に荷馬車がやってくる。

「おっと、迎えが来ました。なら、後は工房にいるダイモンテと打ち合わせてください」


 クラウスは急ぎ屋敷に戻り、旅行鞄を持ってくる。クラウスが荷馬車に乗り込み、むしろを被る。


 クラウスを乗せると、荷馬車はのんびりと街道を進みだした。

 武神が明るい顔で頼む。


「あとはダイモンテさんと話して、上手くやってね。ばいばい」

「おう、見事にやり遂げてみせる」


 武神の姿が消えた。

(さて、工房に住んでいるダイモンテに会いに行くか)


 工房を開けると、魚の燻製の臭いがした。入口近くには、魚を干す網や、魚を塩で漬け込むための樽も見えた。


 また、中には人間が四人は入れるほど大きい四角い箱状の装置が四つある。

 装置の中を開けると、魚の臭いと桜のチップが燃えたのが混じった臭いがした。


(これは、魚の燻製工房だな)

 倉庫の隅には山積みになっている袋があった。


 天井に気配を感じた。見上げれば、誰も見えない。

 だが、目に見えずとも、フィビリオは天井に何かいるのがわかった。


「あんたが、ダイモンテさんか?」

 天井に身長百五十㎝の燕尾服を着た存在が現れた。相手が天井の梁から飛び降りて綺麗に着地した。相手の姿は人間に近いが、顔と足は梟だった。


(クラウスのパートナーは悪魔か。レベルにして四十だな)

 梟人間が男の声で挨拶する。


「私の名はダイモンテ・ブルーフィールド。ダイモンテと呼んでくれたまえ。フィビリオ君と我が盟友クラウスの話は、聞かせてもらった。仲良くやろう」


(外の話を聞いていたのか。耳のよい悪魔だな)

「君は不要だ。フィビリオでいい。それで、ここは魚の燻製場だな」


 ダイモンテが知的な顔で頷く。

「正解だ。クラウスはここで燻製を作りつつ、塩の買い付け量と使用量を、誤魔化していた」


「燻製工場は仮の姿。真の目的は輸出用の塩を確保するためか」

 ダイモンテは冴えない顔で語る。


「そうだ。おかげでクラウスは大儲けした。だが、儲け過ぎた」

「役人に目を付けられたのか?」


「地元の塩を管理する塩専売局の役人のトーマスはクラウスから賄賂を貰っている。ここさえ押さえておけば安全と思ったのが、まずかった」


「もっと、上が動いたのか?」

 ダイモンテはクラウスを憐れんだ。


「王室直下の塩専売局の高等管理官が動いた。おかげでクラウスはこの国に居場所はなくなった」


「それで、亡命か。まあ、運がなかったな」

 フィビリオは倉庫の隅に山積みなっている二十㎏袋を指さす。


「それで、あれが貯めてある塩だな。あれに最後の塩が加わったのを、あんたが運び出すのか?」


 ダイモンテは驚き、賞賛した。

「何と、我が魔力で隠してある塩の袋に気付くとは、お主、只者ではないな」


(普通の人間には目の前にあっても認識できない悪魔の魔術か。ダイモンテの独自魔法だな)


「まあ、そこはそれ、色々とある」

 袋を数えると、六十袋あった。


「六十袋とは、意外と少ないな。もっと何百袋とあるのかと思ったぜ」

 ダイモンテが真面目な顔をして、教えてくれた。


「この国では、食品加工場といえど、百㎏以上の塩を貯蔵するには王の許可が要る。六十袋も隠し持っているのが露見すれば死罪だ」


(ちと、やり過ぎな法律の気もする)

「塩を多く持っていただけで、死罪か。厳しいな」


「そうだ。ここに、あと最後の取り引きとして、もう五十袋の塩が運び込まれる予定だ。合計百十袋になった段階で、私が集団転移で秘密の場所に運ぶ」


「わかった。あと、あれは何だ?」

 塩と離れた場所にある百袋近い袋について尋ねる。


 ダイモンテが悪戯いたずらっ子ぽく微笑む。

「あれは、砂が入った土嚢だ。いざというときに私の幻術で塩とすり替えるために用意してある」


「事情はだいたいわかった。お互いに上手くやろうぜ」

「こちらこそ、よろしく頼む」

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