第24話 教団の苦悩

 強制転移のおかげで、アジトはどうにか移動できた。されど、広さと高さの兼ね合いから、どうしてもぴったりと位置が合わなかった。


 書類は散乱し、装置は壊れた。器具は散らかっていた。そんな散らかった場所に荷馬車が転移してきたのだから、片付けは夜になっても終わらなかった。


(どうにか逃げ切ったが、これはアジトが機能を取り戻すまでに、まだ時間が掛かるな)


 強制転移してきた場所は、貴族の別荘に作られた地下室だった。

 フィビリオはアジトの片付けを、スナイとアイロスに任せる。


(他人が勝手に物を動かして、わからなくなったら困るしな)

 水は井戸があるので、どうにかなる。だが、食べ物がない。


 フィビリオは平服に着替える。荷馬車から馬を外して、馬で食料を買いに行った。

 別荘から馬を引いて三十分ほど行った場所には、村があった。


 村は長閑のどかで、武装した人間の気配はない。

 農家を回って金を払い、食料を売ってもらう。


 農夫がのほほんとした顔で尋ねる。

「こんなに食料を買って、どこへ持って行くんだね?」


「貴族の別荘を、借りたんですよ。友人たちと一緒に夏休みです。気に入ったら買うかもしれません。ですが、とりあえず、どんな場所かと思って借りました」


 農夫はフィビリオの説明を疑った様子はなかった。

「そうかい。何もない場所けど、牛乳とチーズだけは美味しい村だよ」


「それはいい。仲間にシチューを作ってやりますよ」

 農夫は気の良い顔で勧めた。


「それなら、鶏肉とワインも、どうだい? 安くはないが美味しいよ」

(なかなか、商売上手な農夫だな。だが、嫌いではない)


「たまの休みだ。贅沢しますよ」

 鶏肉とワインも買った。


 教団の人間は夕食の準備に手が回りそうになかった。なので、フィビリオがシチューを作った。


 時間の空いた研究員から、食事を摂りにくる。

 アイロスが最後に食事を摂りに来て、感謝を述べる。


「今日は本当に助かった。フィビリオ殿がいなかったらと思うと、ぞっとする」

「下の者を守るのは上の者の仕事だ。であるなら、俺は、すべき仕事をしたまでだ」


 アイロスは感心した。

「そうは謙遜しても、集団転移を二度も使う。暴走した黒魔兵器を素手で倒すなど普通の人間には不可能だ。よかったら、高い地位を約束するから、うちに来ないか」


(俺は普通じゃないけど、指摘しても嫌味なだけだな)

「俺には、やりたいライフワークがある。だから遠慮するよ。それに、世の中は広い。俺みたいな人間は、他にもいるかもしれないぜ」


 アイロスがしんみりした顔で寂しげ気に語った。

「もし、フィビリオ殿があと十人、ザフィード王国にいたら、我々も黒魔兵器なんて開発をしなくて済んだんですけどね」


 余っているワインをアイロスに出してやる。

「何だ? 好きでやっているのかと思ったぜ」


 アイロスは悲しい顔で否定する。

「とんでもない。死体に取り憑き動かす兵器なんて、生命の冒涜ですよ。それに私は、もとを正せばワイン醸造の技師なんですよ」


(人に歴史あり、か。何か黒魔兵器に事情があるのか?)

「ワインの醸造家が、何で兵器の開発に手を出したんだ? 良ければ教えてくれ」


 アイロスはしんみりした顔で、ワインを飲みながら語る。

「ザフィード王国は国として小国です。アスラン王国と聖王国に挟まれている。だが、商売が上手いだけに、金だけはある国家です」


(事情はわかる。ザフィード王国は下手をすれば、太った鶏と見られる国家なんだな)

「なるほど、アスラン王国や聖王国に絶えず狙われているわけか」


 アイロスが真剣な顔で教えてくれた。

「我が国が独立を保つためには、軍事力が必要なのです。そのために黒魔兵器が必要なのです。これは我が教団の創始者であるユリウス師の意向でもある」


 気になったので、尋ねる。

「ユリウスは今、どこでどうしている?」


「亡くなりました。遺言により、教祖の座は息子のヤンス殿に継承されました。ですが、ヤンス様は教団の運営にも、祖国への貢献にも、まるで興味がない。頭の痛い話ばかりです」


「あのぐらいの若者にすれば、祖国がどうのより、遊びが大事なのかもな」

 アイロスが帰っていったので、火の始末をしてフィビリオも休む。


 翌日も皆が片付けに忙しそうなので、食事を作る。

 食料の買い出しにも行ったが、後を尾行されたりする事態には、ならなかった。


 時間がある時に、研究室に行って拭き掃除などを手伝い、空調の設置も手伝った。

 教団の人間は皆が研究に熱心で、働き者だった。また、一見すると、人間関係も悪くない。


(悪の教団だと指摘されなければ、国家の研究機関だな)

 明日にはヤンスが帰って来る晩になる。フィビリオがいる最後の晩になった。


 教団の人間が感謝の意を込めて野外でバーベキュー・パーティを開いていてくれた。

 宴の席で、ちょっとした議論が起きた。


 問題は人間の胎児に黒い魂を憑依させた黒魔兵器を作るかどうか、だった。

 アイロスは肯定派だった。アイロスが真面目な顔で議論する。


「死体に黒い魂を憑依させる黒魔兵器では、強さに限界がある。ここは、やはり、人間の胎児に黒き魂を憑依させる、次世代目の黒魔兵器を開発すべきだ」


 スナイもまた真剣な顔で反論する。

「私は反対だわ。黒い魂の憑依は胎児を殺す状況を意味する。成功率から考えると何人もの赤ん坊を殺す結果になるわ」


 アイロスは熱ぽく、さらに持論を展開する。

「致死率は研究が進めば下がる。それに、黒い魂を持った子供は、きちんと教育すれば、暴走の危険性は少ない。強くて、暴走をしない黒魔兵器こそ我が国を救う」


「国を外敵から守っても、守られた国が救うべき価値がない国家になるのなら、本末転倒よ。そんな研究は研究自体をやめるべきよ」


 横で聞いていたが、アイロスとスナイの議論は終わりそうになかった。

 別の教団員が興味を示した顔で、フィビリオに訊く。


「教祖代行のフィビリオ殿は、どう思われますか?」

(こういう、国防か、倫理か、の難しい議論は訊いてほしくないんだがな)


「俺か。俺なら、黒魔兵器に頼らないな。自分より弱い兵器に頼ろうと思わん」

 質問した教団員が苦笑いする。


「フィビリオ殿がこの国を守る軍人で、強い軍を鍛えてくれるなら、我々も黒魔兵器の研究はしなかった。だが、現実は違う。我々は自分の国を守らなければならない」


「なら、ヤンスが帰ってきたら、ヤンスに意見を訊いたらどうだ? 奴が教祖だろう」


 教団員たちは暗い顔で、顔を見合わせる。誰かが、ぽつりと発言する。

「ヤンス様にもっと自覚があったらなあ……」


 アイロスが苦い顔で窘(たしな)める。

「やめないか。ヤンス様を批判するのは。あの方だって、いずれは自覚をして、亡き父のユリウス様のように立派に成長してくれる」


 アイロスが意見をしたが、賛同する者は少なそうだった。

(教祖の息子に生まれただけで、教祖になったヤンスには、ヤンスならではの苦悩があるのかもな)

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