第23話 いきなりの強襲

 ザフィード王国はアスラン王国と聖王国に挟まれた小さな国である。ザフィード王国でのみ信仰されている冥府神の寺院の前に、フィビリオと武神は来ていた。


 寺院は街から少し離れた場所にあり、敷地は十二万㎡と広い。だが石造りの建物は敷地の三割にしか建っていない。寺院に庭はなく小区画で区切られた菜園が広がっている。菜園の外は葡萄畑だった。


 フィビリオは寺院と菜園を見て、感想を述べる。

「一見すると郊外にある普通の寺院だ。さて、ここにはどんな悪の親玉がいるんだ」


 武神が機嫌もよく語る。

「教団のトップである教祖のヤンスさんの代行よ。教団は裏でこの国では禁忌とされている黒魔兵器を作っているわ」


「何だい、そりゃ? 聞いた覚えがない兵器だな」

「黒魔兵器は黒い魂と呼ばれる物を死体に憑依させて動かす兵器よ。アンデッドみたいなのね」


「みたいって、ところを見ると違うのか?」

「学術的にはアンデッドではなく、死体に憑依する魔法の生物になるから、違うらしいけど、詳しい説明は必要かしら?」


 大して強くもないし、レベル上げにも使えそうにないので、興味がなかった。

「どっちでもいいや。俺に違いはよくわからん。わかる必要もないだろう」


 武神が寺院のドアをノックする。

 寺院の扉が開き、茶色いローブ状のトゥニカを着た中年の僧侶が出てくる。


 僧侶は武神の顔を確認すると、厳粛な顔で告げる。

「お待ちしておりました。拙僧の名はアイロス。ヤンス様がお待ちです」


 ヤンスが来客と面会するための部屋に武神とフィビリオを案内する。

 部屋は木の椅子とテーブルだけの質素な部屋だった。


 部屋には派手な赤いシャツに白いズボンを穿いた青年がいた。青年は麦藁むぎわら帽子を被り、大きな旅行カバンを所持していた。青年の髪は茶色で、肌は日焼けした茶色だった。


(遊び慣れた地元の青年だな。教団の教祖には見えない)

 武神がヤンスに挨拶する。


「では、あとの手配は私たち任せて、ヤンスさんは十日間の休暇を楽しんできてください」


 ヤンスは飛びっきりの笑顔で応じる。

「OK、じゃあ、あとはよろしっくってことで、お願いだ」


(こんな場所、さっさとおさらばして遊びに行きたい、って顔だな)

 ヤンスは旅行鞄を持つと、フィビリオに目を合わせることなく、部屋を出て行った。


「何か教祖ではなく、軽い感じの今風の若者だな」

 武神がフィビリオをちらりと見て軽い口を叩く。


「そんなセリフを口にするなんて、年寄りみたいね」

「まあ、俺も外見は三十だが、中身は五十だからな」


 アイロスがローブ状の茶色いトゥニカを持ってくる。

「では、こちらに着替えてください。その恰好では目立ちます。フィビリオ殿は、表向き新人僧侶のフィビリオです。裏の顔は教団の教祖ですけど」


 フィビリオは剣を預けて僧侶の服に着替える。

「それで、俺は何をすればいいんだ?」


 アイロスは真面目な顔して、きっぱりと言い放つ。

「何もなされなくて結構です」


「それじゃあ、代役に来た意味がないだろう」

 アイロスが生真面目な顔して答える。


「でも、教祖がいないと、何かあった時に困ります」

「何かって、何だよ?」


「ですから、何かです」

(役所的な回答だな。トラブルなければ仕事もなしか。楽でいいが)


「わかった、わかった。要はその、あんたらが心配する、何かに備える用心棒なわけだ。いいぜ。鬼神が来ようと、龍が来ようとも守ってやるよ」


 アイロスは素っ気ない態度で告げる。

「それは、ありがたい。期待していますよ」


「そんじゃまあ、まず、施設の中身を一通り見せてくれ」

 アイロスの表情は芳しくなかった。


「あまり他所の人間に見せたくはないのですが、止むを得ないですね。案内しますよ」


 武神は「私の仕事はここまで」と、すっきりした顔で頼む。

「なら、私は別の仕事があるから帰るわ。後はよろしくね。教祖様」


「おう、任せておけ」

 アイロスは寺院の施設を一通り歩いて見せてくれた。寺院に不審な点はなく普通の寺院に見えた。あまりに普通なので、兵器開発をする悪の組織には見えなかった。


(ここまでは、普通の寺院。偽装工作が完璧だと言えるな。気を使かっているんだろう)

 最後に地下にあるワイン蔵に来る。ワイン蔵は八十㎡の小さな部屋だった。


 アイロスが壁の一部を操作する。隠し扉が開いて、隠し通路が現れる。三m進むと、また扉があり、扉を開けると。支柱がいくつも並ぶ、縦五十m、横五十mの広い部屋になっていた。


 部屋では十二人の人間が装置やら、図面を前に話し合っている。

 アイロスが自慢気に語る。


「ここが、我が教団の研究室の一つです。ここで黒魔兵器の開発をしています」

「意外と普通のだな。もっと、おどろおどろしい部屋を想像した」


 部屋を見て歩く。大きな円柱状の装置に入った身長二・五mの真っ黒な巨人がいた。

「黒魔兵器って、もう実用化されているのか?」


 フィビリオの問いに研究者たちが冴えない顔で顔を見合わせる。

(何だ? これは訊いちゃいけない内容だったのか)


 アイロスが歯切れも悪く答える。

「その、まだ、試験運用の段階です。能力としては、アンデッドより遙かに強い。ですが、コストがアンデッドより、とても高く付くんです」


「問題はコストだけなのか。だったら量産すればいいだろう」

「それに、制御面でも問題があるんです」


「そいつは、実用的ではないな」

 一人の僧侶が研究室に走り込んできた。


「聖騎士団のガサ入れだ」

 研究室に緊張が走った。


 アイロスが厳しい顔で現場にいた人間に指示を出す。

「みんな、落ち着くんだ。この秘密の部屋がばれたわけじゃない。拙僧が聖騎士の相手をする。皆は、ここに隠れていてくれ。スナイはここを頼む」


「わかったわ」と四十くらいの金髪の女性研究員が応じる。

 アイロスが出て行くと、隠し扉が閉められた。


 スナイに現状を尋ねる。

「ガサ入れって、時々あるのか」


 スナイは蒼い顔で告げる。

「この寺院が査察の対象になった事態なんて、初めてよ」


(初めてのガサ入れね。これは危険かもしれん)

「見つかると、まずいのか?」


 スナイは険しい顔で告げる。

「聖騎士団は黒魔兵器の摘発に力を入れているわ。もし、ここが見つかったら、殺されるくらいじゃ済まないわ」


「聖騎士って他宗教には厳しいからな」

 しばらく、息を殺して待つと、隠し扉の外から音がする。


 スナイがすぐに他の研究員に指示を出す。

「まずいわ。聖騎士団がここを見つけたわ。強制転移よ」


 他の研究員が駆けてゆき、高さ二m直径一mの青い装置に触れる。だが、何も起きない。


 装置を操作している研究員が、悲痛な声を上げる。

「駄目です。強制転移できません。動力クリスタルがただのガラス玉になっている」


「何ですって?」スナイが蒼い顔で震える。

 フィビリオは転移装置に近づき、声を上げる。


「ちょっと見せろ」

 転移装置はアーク・マディスで見たものと同じタイプの装置だった。


(よし、これなら問題ない)

「転移先の座標は設定してあるな。ないのは動力クリスタルだけか。なら、不足した魔力は、俺が補う。魔術・強制集団転移」


 軽い浮遊感のあと、青い光に包まれる。光は一瞬で消えた。闇が訪れる。

 数秒で研究員たちが光の魔法を唱えて、明るくする。転移した場所は地下空間だった。


「よし、とりあえずは逃げ切ったな」

「駄目、保管装置が割れる」


 声のした方向に素早く目をやる。

 黒魔兵器が入っていた装置が破損して、中ら黒い巨人が出てこようとしていた。


 スナイの悲痛な声がする。

「黒魔兵器を外に出したら駄目よ。街や村に出たら、大変な事態になる。止めないと」


 研究員が何やら装置を作動させようとする。

 けれども、研究員より早く、黒い巨人が装置の外に飛び出した。


「歩法・雷鳴閃」

 フィビリオは瞬時に黒い巨人の前に移動した。黒い巨人の腹に全力で正拳突きを放った。


 正拳突きの威力はすさまじく、黒い巨人は壁に衝突して、潰れたトマトのようになる。


 黒い巨人は動かなくなった。

「ふうー、処理完了」


 スナイが驚いた顔で寄ってくる。

「強制集団転移といい、黒魔兵器を素手の一撃で葬るって、あなたは、いったい?」


「質問は後だ。俺はアイロスを助けに行ってくる」

 フィビリオは転移魔法で寺院に戻った。


 アイロスを含む八人の僧侶が荷馬車に乗せられて連れていかれるところだった。

(よし、間に合った)


「歩法・雷鳴閃」

 フィビリオは高速移動で、護送の任に着いている聖騎士たち四人を吹き飛ばす。


 御者が逃げ出したので、魔法を発動させる。

「魔術・強制集団転移」

 フィビリオは荷馬車ごとアイオロスたちを助けて地下空間に戻ってきた。

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