第22話 葬儀の後に起きた事件

 アルカンに残された、最後の夜がやって来る。

(家族に告知するのは薬師の名目で来ている俺の仕事だな)


 フィビリオは家族を一室に呼んで告げる。

「アルカン殿の容態がよくありません。明日の夜は迎えられないでしょう」


 三人の息子たちは驚き、奥方のミライが驚いた顔をする。

「そんな、夕食の時はあれほど元気だったのに。本当ですか、フィビリオ先生?」


「間違いありません。私の診立てでは今晩が最後の夜になります。アルカン殿に何か伝えたい話があるのなら、今夜中にしておくのがいいでしょう」


 三人の息子たちは項垂うなだれて、奥方のミライは涙を流した。

 フィビリオの告知が終わると、長男から順にアルカンの部屋に入って行き話をした。


 最後に奥方のミライが入って行き、そのまま朝を迎えた。朝になると、アルカンは起きてこず、そのまま昼に息を引き取った。


(さようならアルカンさん、安らかに眠ってくれ)

 再び、家で葬儀の準備が行われた。葬儀は前にも増して盛大なものだった。


 後ろの席で、フィビリオと武神はアルカンの葬儀を見守っていた。

「アルカンさん、最後は善人になってったな」


 武神の表情は冴えなかった。

「休暇中に何をしようと本人の自由だから、何も言わなかったわ。だけど、死ぬ間際に態度を変えてまで、善行をしないほうがよかったと思うわよ」


「その言い方は、ないだろう」

「なら、一週間ほど残って、結末を見ていく。次の仕事に入るまでに調整が入ったから、時間ができたのよ」


「一週間で何も変わらないと思うが、トルスタニアに滞在するよ」

 葬儀の後、治療費として気持ちばかりの金貨を貰い、アルカンの家を後にする。


 フィビリオは大通りに面した宿を取った。

 昼は大きな大衆酒場で時間を潰す。


 四日ほどすると、酒場で酔っている三男のアタハンを見つけた。

(昼間から、かなり酔っているな。格好も汚いとは言わないが、よれよれだ)


 フィビリオは心配になったので声を懸ける。

「アタハンさん、どうしたんですか? こんなところで」


「あんた誰だ?」アタハンは酔っていて、フィビリオを覚えていなかった。

「フィビリオです。薬師ですよ」


 アタハンはじっとフィビリオを見ると、わあわあと泣き出した。

 他人が注目しているので、個室に移動する。


「どうしたんですか、アタハンさん?」

 アタハンは涙ながらに頼んだ。


「どうか、父を、父を、もう一度、蘇らせてくれませんか」

「もう、無理です。薬がありません。それに、アルカンさんは埋葬されました」


 アタハンが泣きながら、事情を語る。

「私が愚かでした。エルナイもエルナイの父も、私が宰相アルカンの息子だから、結婚を申し込んできたのです。父が死ぬと、結婚の話がなくなりました」


(なるほどね。アルカンは、アタハンが困っていたら助けてやれと、長男と次男に頼んでいた。アルカンはアタハンの没落を予期していたんだな)


「ならば、お兄さんに救いの手を求めればいいでしょう」

 アタハンが悔し気に首を横に振った。


「長兄のカアン兄さんも、次兄のケナン兄さんも、助けてはくれませんでした。お前でどうにかしろ、と冷たく突き放すのです」


(親族に裏切られたか。アルカンの遺言も、死ねば無効か)

「でも、貴方は、アルカンさんの三男だ。少ないといっても、財産を残してもらったでしょう。その財産で再起したらいい」


「それが、私には何も残っていないんです。ケナン兄さんが、私に残された財産を取り上げてしまったんです」

「何ですって? それはひどい。ならば、訴えたらいい」


「無駄でしょう。ケナン兄さんの裏には権力者になったカアン兄さんがいる。二人が手を組めば、できない悪事はない。もう、この国には私の居場所はないんです」

(兄弟の醜聞、ここに極まりだな)


 アタハンが可哀想になった。なので、フィビリオは葬儀が終わって貰った金貨の半分を分けてやった。アタハンはそのまま酔い潰れたので、アタハンの支払いを済ませる。


 次男のケナンに一言、忠告してやろうとアルカンの家に行くと、人だかりができていた。


 良からぬ事件が起きている予感がした。

 近くで見学していた老人に尋ねる。


「どうしたんですか、この人だかりは?」

 老人が暗い顔で教えてくれた。


「次男のケナンが不正蓄財の罪で捕まったのさ。告発した人間は長男のカアンだよ」

(なるほど。権力を手に入れたカアンは財産も欲しくなった。それで、次男のケナンが邪魔になったんだな)


 わからない話ではなかった。だが、気分が良いものではなかった。

 長男のカアンを諫めたかった。だが、今日は人の目があるので止めた。


 翌日に喧騒で目を覚ます。宿屋の窓から外を見る。

 音の正体は鎧を着た大勢の人間の足音だった。


(何だ、これは? 戦争でも起きたのか?)

 宿屋の一階に下りて行く。困惑したお客たちを前に、宿屋の主人が説明していた。


「皆さん、落ち着いてください。戦争ではありません。これは戒厳令です。軍が外に出ないようにと命令しています」


 お客の一人が不安な顔で訊く。

「戒厳令って、何が起きたんだ?」


「わかりません。ですが、戒厳令は明後日の正午には解除すると、兵隊さんは教えてくれました。ですから、それまでの辛抱です」


「水や食料はあるのか?」

 宿屋の主人は真剣な顔で頼む。


「明後日の昼までなら、食料も水もあります。ですから、冷静な対応をお願いします」


 宿泊客が不安な顔をして、顔を見合わせる。

 フィビリオは、宿を出て街の状況を探るか、迷った。だが、今は傍観者であり、他国の人間なので、じっとしていた。


 兵隊の足音が時折、聞こえる中、戒厳令が解除される時を待つ。

 戒厳令が解除される時間になると、街の人々が、おっかなびっくり街に出てくる。


 だが、一時間もすると、通りはいつもの賑わいを見せた。

 夕方に大衆酒場に行くと、酒場で街の男たちが噂していて。


 男たちが真剣な顔で語る。

「ジャン将軍が腐敗の一掃を掲げて、軍と共に蜂起したって話だ。血の粛清だよ。汚職官僚や政治家が何人も首をねられた、って話だ」


「アルカン一族は家長を継いだカアンと弟のケナンがやられた。三男のアタハンだけが、まだ捕まっていないそうだ」


(人生、どこで何が幸運に繋がるかわからないな。アタハンも屋敷を追い出されなければ、死んでいたところだ)


 アルカン一家にフィビリオは同情した。だが、街の人間でアルカン一家に同情をした者は少なかった。軍部が怖いせいもあるが、悪徳宰相と呼ばれるアルカンは、街では嫌われていた。


 翌日、武神が来たのでスタンプ・カードを差し出す。

「武神の言う通りだったな。アルカンがジャン将軍を処罰しておけば、粛清は先延ばしになった。家の整理をしておかなければ、兄弟は争わずに済んだ」


 武神は冷静な顔で、さらりと告げる。

「全ては可能性ね。だから、フィビリオは気にすることは何もないわ。さあ、次の職場に行くわよ」

 武神はスタンプを一個押してくれた。

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