第21話 変化する心境

 翌日、アルカンはお城に登城した。

 フィビリオもアルカンの健康状態が定まらないとの口実で、専属薬師として特別に同行する。


 玉座の間には王を警護する三十名の兵士がいる。 

 玉座にはまだ年端のいかない子供が、王様用の白い衣装を着て座っていた。


 隣には白いガラベーヤを着た老人が立っている。

 フィビリオは控えている使用人に、そっと尋ねる。


「あの、子供と老人は誰だい?」

「老人は摂政のエキン。幼い方は今年十二になるギョクハン王だよ」


 摂政エキンのアルカンを見る視線は厳しかった。

(子供の王様に、年老いた摂政ね。おおかた、摂政と宰相が仲たがいして、王様が板挟みってところか)


 ギョクハン王が背筋を伸ばして、アルカンに声を懸ける。

「アルカンよ。もう、病気は良いのか?」


 アルカンが穏やかな顔で告げる。

「はい、国王陛下。体調が良いので、今日は滞っている執務をしに参りました」


「そうか、無理はするでないぞ。さて、今日こうして呼んだのは、アルカンに意見を訊きたいと思ったからじゃ。先日、アンデッドが大挙してこの国を襲おうとした事件は知っておるか」


(アッティラさんの件か、俺も気になった。あれ、どうなったんだ?)

 アルカンは控えめな態度で意見を述べる。


「存じております。ジャン将軍が軍を率いて侵攻を未然に防いだ、とか」

「だが、家臣の間からジャンが勝手に軍を動かした行為を重く見て、処罰すべきだとの意見もある。そこでだ。アルカンお主の意見を聞きたい」


「私はジャン将軍の行為は賞賛されこそすれ、処罰されるべき行いではないと考えます」

 家臣たちが顔を見合わせ、摂政のエキンも眉をひそめる。


(どうやら、アルカンが想定外の発言をしたようだな。宮廷と軍部は対立していた。摂政エキンはアルカンに敵であるジャン将軍の処罰を進言してほしかったようだな)


 ギョクハン王の顔が輝く。

「そうか、アルカンもジャンの処罰に反対か。それどころか褒美を取らせろと進言するのだな」


 摂政エキンがギョクハン王を射るように見据えて諫める。

「褒美はやり過ぎです。ただでさえ、ジャン将軍は専行独断の気質があります。褒美など渡せば、王のためと称し、やりたい放題になるでしょう」


 ギョクハン王は悲しい顔をする。

「そうか。やはりエキンは褒美には反対なのだな」


 アルカンは優しい顔で進言する。

「であれば、どうでしょう。ジャン将軍の麾下で、この度に戦で命を落とした者に国も守った恩賞を与えては。命を落とした兵は国を思い、戦っただけでございます」


 ギョクハン王はエキンの顔色を窺う。

 摂政エキンが渋い顔で何も進言しないと、ギョクハン王は困った顔で発言する。


「わかった。アルカンの進言は検討しよう」

 謁見が終わると、アルカンは執務室に行き、あれこれと官僚と秘書に指示を出す。


 フィビリオは横で、アルカンの働きぶりを見ていた。

 アルカンは素人が見ていても優秀な政治家であり、官僚であった。


(有能な悪徳宰相か。悪徳と呼ばれるのも、国民に嫌われる政治を行ってきたからだな。無能な奴より、よっぽどいいが)


 日もたっぷりと暮れた頃に、アルカンの仕事は終わった。夜の街を馬車で帰る。

「疲れましたか、アルカン殿」


 アルカンは真剣な顔で告げる。

「いや、疲れたなんて愚痴っていられない。今の内にできる仕事をしておかないと、国が困る」


「でも、残酷なようですが、残された時間が増える未来はないんですぜ」

 アルカンは渋い顔で考えを口にする。


「わかっているよ。政敵の摂政は老齢とはいえ、いまだ健在。権力を握りたがる軍部と、ジャン将軍の台頭。隣国での黒魔と呼ばれる謎の兵器の出現。頭の痛い話ばかりだ」


「もう、全てを投げ出して、残りの日々を穏やかに過ごしていかがですか?」

 アルカンは力なく笑う。


「そうもいかんよ。私は昨日の夜に思ったんだ。今までの行いを悔いて、残された日々で帳尻を合わそう、ってね」


 急に馬車が停まった。

「おい、どうした?」とアルカンが心配した御者に問う。


 御者は怯えて逃げ出した。

「どうやら、招かれざる客のようだ。俺が相手をしてきます」


 フィビリオは素手で馬車を降りる。

 馬車を囲んで曲刀を持った黒装束の男たちが二十人ばかりいた。


 男たちからは強い殺気を感じた。

(プロだな。全員がレベル二十以上か)


「魔術・マジック・セイバー」

 フィビリオの手の中に、蒼く光る長剣が現れる。


 光る剣を見ると、男たちは一歩、後ずさった。

「剣技・虚空斬」


 光る剣を振り上げて振り下ろす。虚空斬は次元を超えて相手を斬る技。

 位置や距離に関係なく斬れる。レベル八十以上ないと防げない剣技である。


 どさどさ、と二十人の男は全員が倒れた。

 フィビリオはさらなる暗殺を警戒して、御者の代わりに馬車を家まで走らせる。


 門を潜って安全が確保できてから、馬車の扉を開ける。

「家に着いた。ここまで来れば安全だろう」


 アルカンは驚いた顔で訊いた。

「フィビリオ殿は薬師ではなかったのか」


「どっちかと尋ねられれば、斬るほうが専門かな」

「心強い。残り五日。私は死ぬわけにはいかん」


 翌朝、アルカンは、長男カアン、次男ケナン、奥方のミライと一緒に、食事を摂っていた。


 食堂のドアが開き、三男のアタハンがやってくる。

 アタハンは十八になったばかりの青年だった。アタハンは覚悟を決めた顔で申し出る。


「父上、今日はお願いがあって来ました。是非ともエルナイとの結婚を認めてください」

「うん。いいよ」


 アルカンがパンにクリーム・チーズを塗りながら軽く発言する。

 場が一瞬しーんとなる。


 奥方のミライが戸惑った顔でアルカンに尋ねる。

「アタハンとエルナイの結婚には、あれほど反対していたでしょう。何を今更」


「気が変わったんだよ。息子よ。結婚の話を進めて良いぞ」

 許可を貰った三男アタハンもアルカンの決定に驚いていた。


「ありがとうございます。父上」

 アルカンは長男カアンを穏やかな顔で見て告げる。


「ところで、カアンよ。お前は名誉と財産、どっちが欲しい?」

 急に話を振られた長男カアンは、驚きつつも答える。


「名誉でございます。父上」

「わかった。では爵位はお前にやろう。ただし、財産は少ししか残さない。お前の才覚であとはどうにかしろ、いいな」


 アルカンは次男ケナンに向き合う

「ケナンよ、お前には爵位は残さない。だが、財産を多くやろう。それでいいな」


 次男ケナンはどぎまぎした様子で承諾した。

「父上の決定なら異論はありません」


 アルカンはここで父親の顔をして頼む。

「カアンとケナンに頼む。末弟のアタハンが困った時だ。援助は惜しみなくせよ。いいな」


「はい」と長男カアンと次男ケナンは答える。

「よし、では遺言状を三日以内に作成して公証人に預けるから、そのつもりでいろ」


 フィビリオ以外が驚いていると、デザートの果物が運ばれてくる。

「侍従長を、ここへ」


 アルカンに呼ばれて侍従長が畏まってアルカンの横に来る。

「旦那様、何か不手際がありましたでしょうか?」

 アルカンは澄ました顔で命じる。


「不手際はない。ただ、お前たちには今まで世話になったから、褒美を取らせる。明日までに金貨二千枚を銀行から卸せ。三日以内に全使用人で公平に分けよ。二度は言わんぞ」


 侍従長の顔には喜びより、狼狽が浮かんでいた。

「畏まりました」


「ああ、それとな、金貨千枚を孤児院に、金貨千枚を貧民救済院に、金貨千枚を王立学校に寄付せよ。これも、三日以内だ。しかと命じたぞ」


 命令を全て出し、満足したのかアルカンは立ち上がる。

「さて、登城の時間だ。フィビリオ殿、行こうか」

 食堂に残された人間は、ただ顔を見合わせるだけだった。

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