第20話 悪徳宰相アルカン

 平原の中にアスラン王国の首都トルスタニアはある。トルスタニアは五百年の歴史を持つ都である。


 ただ、長い歴史は良いことばかりではない。伝統は腐敗を呼び、アスラン王国の政治に暗い影を落としていた。


 フィビリオは薬師が好む白いワンピースを着て、ポケットのたくさん付いたチョッキを羽織っていた。頭にはターバンを巻いていた。


 武神も同じような恰好だが、服装は黒で頭にはターバンではなく、スカーフを巻いていた。武神は薬籠を持っている。


 フィビリオは歩きながら武神に尋ねる。

「次はどんな悪人の代役なんだ。悪徳薬師か?」


 武神が機嫌もよく教えてくれた。

「違うわよ。休ませる相手は悪徳宰相として名高いアルカンよ。私たちは薬師です、と出向いて、アルカンに一週間の養生を勧めるのよ」


(楽な任務に聞こえる。だが、一見すると楽そうなのが、実は大変な仕事だったりするんだよな)


 疑惑を心に封じて確認する。

「なら、俺は何もしないのか?」


 武神はさばさばした態度で認める。

「どこかで時間を潰してもいいし、薬師として、アルカンの傍にいてあげてもいいわよ」


「俺は医術の知識は、ほとんどないぞ」

 武神は大事な内容をさらりと告げる。


「大丈夫よ。アルカンは一週間後に死ぬ未来が決まっているのよ。何か異常があったら、手遅れですって、宣告しておけばいいのよ」


「死んでいく悪役にやる休みなのか?」

「死ぬ前に一週間だけ休ませてあげようって、神様の粋な計らいよ」


「粋なのかね。とても残酷な仕打ちに思えるけどな」

「ほら、アルカンの家が見えてきたわ」


 アルカンの家は街の一等地にあるにもかかわらず、十万㎡はある家だった。 大きな丸い屋根がある白い家で、庭には権力者の証である噴水があった。庭の木々は手入れされており、綺麗に刈り揃えられていた。


(たしかに悪事の一つもしないと住めない、でかい家だ)

 建物の入口に行くと、衛兵に止められた。


 武神が堂々と名乗る。

「こちらは、かの世界一の薬師フィビリオ先生であり、私はその弟子です。宰相のアルカン殿の診察に来ました」


 衛兵はむすっとした顔で告げる。

「そりゃ、来るのが遅かったな。アルカン様は二日前に亡くなったよ。今は葬儀の最中だよ」


(ありゃ、スケジュールが少し遅れていたからな。間に合わなかったか)

「どうする」の意味を込めて武神を見る。


 武神は堂々たる態度のまま衛兵に告げる。

「誤診かもしれません。フィビリオ先生に診察させてください」


 衛兵は馬鹿にした。

「誤診はないね。国一番の医師、薬師、治療師、魔術師が手を尽くしたんだ。それでもどうにもならなかったんだ。さあ、わかったら、帰った、帰った」


「国一番と一緒にしてもらっては困ります。先生は世界一の薬師です」

 衛兵が掌をひらひらさせて、邪険に断る。


「駄目だ、駄目だ。帰れ、帰れ」

 武神は衛兵の腹に高速の正拳突きをお見舞いした。武神の突きは威力が半端ではなく鎧を着た衛兵がうずくまる。もう一人にも突きを食らわし悶絶させる。


「フィビリオ、この薬をアルカンに飲ませて」

 武神は紫色の液体が入った小瓶を投げて寄越した。


 フィビリオが小瓶を受け取ると、武神は走り出す。

 フィビリオも慌てて従っていく。


「侵入者だ」と衛兵がどうにか声を絞り出す。

 廊下を走る武神を屋敷の兵士が止めようとする。だが、走り出した武神は止まらない。荒れ狂う竜巻のように出現する兵士を、突き飛ばし、投げ飛ばし、進んでゆく。


(相手は武の神様だぜ、鎧刀で武装していても敵うものじゃないぜ)

 武神はそのまま大広間に突入した。


 大広間には祭壇があり、花に囲まれた寝棺があった。

 葬儀に来ていた客は騒然となり、壁際に寄る。


 フィビリオはどうにでもなれと、祭壇に乗って棺桶の蓋を剥がす。

 豪華な衣装に身を包む、ぽっちゃりした体の五十代の黒髪の男がいた。


 そのまま、アルカンの口を無理やり開いて、小瓶の液体を流し込んだ。

 数秒でアルカンの目が開く。


 アルカンは武神が暴れ回る喧騒を聞き、身を起こして怒鳴った。

五月蠅うるさい。わしの屋敷で騒ぐな」


 武神は動きを止めた、兵士もびっくりして止まった。

 弔問客も声にならない声を上げる。


 身内と思われる、奥方と三人の息子も、目を見開いた。

 当のアルカンだけが事情がわからず、周りを見て疑問の声を上げる。


「どうした? これは、いったい何の集まりだ?」

 奥方がアルカンに近寄って確認する。


「貴方、本当に生き返ったの?」

 アルカンは訳が分からない様子で辺りを見回す。


「生き返っただって? 儂は死んでおらんぞ」

 武神が咳払いをして、兵士に告げる。


「ほら、教えたでしょう。うちの先生は世界一の薬師だと」

 アルカンが段々と状況が呑み込めてきたのか、素っ頓狂な声を出す。


「なに、儂が死んだ。本当か、それで蘇ったのか。そうか、なら葬儀は中止だ。代わりに快気祝いをやるぞ。よし、皆のもの宴の準備だ」


 出棺の後で墓場から帰った後に弔問客に料理を振る舞う予定があった。なので、宴は可能だった。使用人たちが急いで会場の飾りつけを変えに走る。


 家族が驚いた顔でアルカンを見ている横から、武神が前に進む。

「本来なら診察の後で投薬となります。ですが、今回は出棺が近づいており、時間がなかったので、投薬を行いました。これより診察を行います」


 アルカンは気分がよいのか「そうだな」と了承した。

 アルカンの私室に行き、フィビリオが形だけの問診と触診をする。


 後はどうやっていいのかわからない。なので、武神を隅に呼んで、こそこそと話す。


「あの薬は何なんだ。アルカンはアンデッド化していないし、ぴんぴんしているぞ。寿命で死んだ人間は魔法で蘇らない」


「あれは医術の神が作った特製ポーションよ。人間ならどんな状態でも一週間は元気でいられるわ」


「じゃあ、何か? 一週間を過ぎたら、どうなるんだ?」

 武神は当然のように告知する。


「元の死体に戻るわよ」

「何か、可哀想だな」


 アルカンが気になったのか、不安な声を上げる。

「どうしました、フィビリオ先生?」


 武神がごほんと咳払いをして告げる。

「先生は優しい方なのでお話しできない、と仰るので私が代わりに告知します」


 アルカンが強張った顔で見つめる中、武神が真剣な顔で状況を説明する。

「アルカン様、貴方の容態は治療するには、すでに手遅れでした。神のポーションと呼ばれる特殊な霊薬で寿命を延ばしました。ですが、一週間が限界です」


 アルカンは武神の告知を信じて、驚いた。

「何ですと? こんなに元気なのに、あと一週間の命ですと?」


「残念ながらとかしか、申し上げられません」

 アルカンは武神に縋りついた。


「お金は、いくらでも出します。だから、その神のポーションを売ってください」

武神は冷たい顔で宣告を続ける。


「神のポーションが効果を現わすのは、一生に一度。たとえ、もう一度、神のポーションが手に入っても、これ以上の延命は無理です」


 アルカンは、がっくり項垂うなだれた。

(悪徳宰相と呼ばれたのだから、良い行いはして来なかったのだろう。だけど、こうしてみると、少し可哀想だぜ)


 やるべき仕事は終わったので退室する。

 どうしようかと思っていると、使用人が寄ってくる。


「フィビリオ様とその弟子の方ですよね。是非、快気祝いに出ていってください」

「俺は、いいけど」と武神を一瞥する。


 武神は澄ました顔で告げる。

「私は用事があるので、これにて失礼します」


 使用人は薬師であるフィビリオがいれば事足りると判断したのか、武神を引き止めなかった。


 ほどなくして、快気祝いの宴となる。快気祝いの席でアルカンが皆の前でフィビリオに訊く。


「フィビリオ殿さえよろしければ、この国に残って、私の専属薬師になってもらいたいか、どうだろう」


(不安なんだな。短い付き合いになるんだが、見守ってやるか)

「忙しい身ですが、七日でよければ、お傍におりましょう」

 アルカンは心細そうな顔で頼んだ。


「立って、酒が飲めるようになった。とはいえ、健康はまだ不安が残る。七日でいいので一緒にいてください」

「では、務めさせていただきます」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る