第19話 復讐の結末(後編)

 アッティラはがっくりとしていた。

 フィビリオはしばらくそっとしておいたほうがよいのかと思った。


(誰にでも落ち込みたい時はある。死の王とて同じだろう)

 すると、アッティラが邪悪な笑みを浮かべて立ち直る。


「いやいやいや、儂の復讐はこれでは終わらん。この街に住んでいた人間の全てが死んだわけではない」


 フィビリオは努めて良識的な答えで返す。

「生き延びた人間はいるかもしれないな。戦争なら、奴隷にされて売られた可能性もある。だが、イバースの街に住んでいた子孫を探すのは無理だぞ」


 アッティラはさも素晴らしい考えのように語る。

「探すのが無理とは思わん。戦争の生き残りだ。どこに行くかといえば近くの街だろう」


「生き残った人間が、隣の街に移住、ないしは逃げ込む可能性はあるな」

 アッティラは笑みを浮かべて宣言する。


「よし、決めたぞ。ここより北にウルサマバースの街がある。儂はウルサマバースの街を襲うぞ」


 このアッティラの決断には、フィビリオは納得がいかなかった。

「待て。ウルサマバースは関係ない街だろう。ウルサマバースを襲う決断に正義はない」


 アッティラは狂気に満ちた笑みを浮かべる。

五月蠅うるさい。こうなれば、誰かに復讐しないと気が済まん。進軍開始だ」


(アッティラは長い年月に亘って復讐に心を奪われておかしくなった。これは、俺の手で再び眠らせる必要があるな)


 スタンプは惜しい。だが、関係ない一般人が犠牲になるよりはよっぽどいい。

 昼過ぎにウルサマバースに着いた。


 だが、ウルサマバースの街もまた滅びていて、アッティラは狼狽する。

 フィビリオも驚いた。


 アッティラが廃墟を見て頭を抱える。

「これは、どういう事態だ。ウルサマバースもなくなっている」


「調べてくる」

 フィビリオは廃墟を捜索した。すると、隠れていた若い女性の狩人を見つけた。


「いや、殺さないで」と狩人は怯えていた。

「殺さないから、教えてくれ。ウルサマバースはどうして滅んだ」


 狩人は非常に不思議がる顔をして教えてくれた。

「ウルサマバースは百五十年前の飢饉を乗り切れずに滅びました、けど」


(待てよ。これを素直に教えても、アッティラはまた次の街を求めて進軍するな。こうなれば、アッティラを敗北させたほうがいいな)


「他に、ここらへんに人の棲む大きな街はあるか」

「西にアリアと、東にイリアの街があります」


(西か東に行くと、まずいな)

「では、滅んだ街は、あるか?」


「北には、かってアラマカンの街がありました。ここは百年前に疫病で滅びました」

「では、アラマカンの街のさらに北には何がある?」


「アスラン王国の首都トルスタニアがあります」

(決まったな。アッティラの軍はトルスタニアに向けよう。大きな国の首都なら、守備隊がいるはずだ)


「よし、わかった。なら、お前はトルスタニアに向かい、アンデッドの軍勢が迫っている状況を知らせろ。うまく行けば褒美が貰えるぞ」


 狩人は怯えた顔で尋ねる。

「私を殺さないのですか?」


「殺さないから、早く行け。死の王がやってくるぞ」

 狩人は駆けていった。


 フィビリオはアッティラの元に戻って報告する。

「ウルサマバースは飢饉で滅んだと判明した」


 アッティラは困った顔で思案する。

「ウルサマバースまで滅んだか。となると次は、西、東、いや。北もありか」


「こうなれば、街にぶち当たるまで北上しようぜ」

「それしかないか」


(よし、扇動は成功だ。ここで、もう一工夫しておくか)

 フィビリオはアスラン王国の軍勢にできるだけ準備の時間を与えるために献策した。


「我々は無理な行軍を続けている。アンデッドは疲れを知らん。だが、速度は遅い。隊列も、もう縦に長くなっている。ここいらで一度、休息を摂って、後続を待つ行動をお勧めする」


 アッティラは考える仕草をしたが、拒絶した。

「いいや、進軍あるのみ。街を見つけてから休息など摂ればよい」


 アッティラの軍が北に進むと、再び廃墟にぶち当たった。

 アッティラは非常に悔しがった。


「またしても廃墟か。儂が軍を編成している間に、この国はどうなっているんだ」

「ここを北に行けば、アスラン王国の首都トルスタニアがある。そこまで行けば無人はないが、どうする。さすがに他国になれば無関係か」


「そうよのう。アスラン王国は伝統ある王国。まだ、存在するだろう。もう、いいや、そこで。よし、すぐに軍を出発させる」


(完全に復讐から目的が戦争に変わったな)

 翌日、平原に出て一日進むと、人間の集団が見えた。


 相手は騎士を含む正規軍だった。その数、騎兵が五百に歩兵が千名。

(アスラン王国の軍の動きが早いな。これは、狩人より前に誰かがアッティラの軍を発見して馬を走らせたな)


「どうやら、こちらの動きに気が付いてアスラン王国の軍が動いたようだな」

 アッティラの軍は無理な進軍を進めたため、数は千しか従いてきていなかった。


 アッティラは遠見の魔術で相手を見学して渋い顔をする。

「一気に蹴散らしてくれると、言いたいところだ。だが、こちらは足の遅いアンデッドの歩兵が到着していない、ここは後続の部隊の合流を待つ」


 だが、夜になっても、千五百の兵しか到着しなかった。

「まさか」とアッティラが副隊長から楕円型をした鏡タイプの魔道具を受け取る。


 アッティラが愕然となる。

「遅れていた後方の部隊が、ほぼ壊滅だと?」


(アリアとイリアから部隊が出ていたか。これで、前方と後方を敵に挟まれる展開になったな)


「アッティラさん、後方の敵部隊はどれくらいだ」

 アッティラが悔し気な顔で語る。


「後方に歩兵が二千だ」

(こっちの兵力は合計で二千五百。向こうは三千五百か。いい感じに差が付いたな)


 フィビリオは焦った振りをする。

「アッティラさん。もう、ここまでだ。こちらの兵力は現在、二千五百。対する相手は三千五百だ。ここは部隊を捨てて撤退すべきだ」


 アッティラは渋った。

「しかし、ここで兵を引けば、復讐は叶わない」


「何を自棄やけになっているんだ。アッティラさんが健在なら、まだ再起できる」

 アッティラとて不利な状況はわかっている。だが、なおも躊躇った。


「でも、ここまで来るまで二百年。二百年も掛かったんだぞ」

「なら、ここで戦って果てるか」


 アッティラは苦しい顔をして決断してくれた。

「滅びは敗北と同義だ。友よ、諭してくれてありがとう。ここは前面の部隊に突撃を命じて、転移魔法で撤退する」


(騎士団だけで二千五百のアンデッドを相手にするのは厳しいだろう。だが、国防は騎士の仕事だ。あとは騎士団に任せよう。一般人が犠牲になるより、ずっといい結末だった)


 アッティラがアンデッドたちに命令を出し、転移魔法で帰還した。

 フィビリオもアッティラに従いて転移門を潜った。


 偉人の霊廟に戻ってきたアッティラは、ひどく疲れていた。

(出発する前とは大違いだな。今回の件はだいぶ効いたな)


「元気を出せ、とは励まさない。ただ、滅びなかっただけめっけもんだよ」

 アッティラは落ち込み、とても後悔していた。


「儂が浅はかだった。イバースが滅んだと知った時に、軍を引くべきだった」

「今になって思えばそうだ。だが、あの時は、そう、頭に血が昇っていた」


 アッティラは力なく笑う。

「儂に赤い血なんて流れておらんよ。ただ、自分を律することには失敗した結末は認める」


「もう復讐は諦めろ。何か別の道を見出したほうがいい」

 フィビリオの心からのアドバイスだった。


「そうだな、復讐は止めるよ。ただ、今は少し休みたい」

 アッティラは玉座の上で動きを止めた。


 フィビリオはそっと玉座の間を出た。すると、武神が待っていた。

「今回は綺麗に纏まったようね。スタンプを二個押ししてあげるわ」


「そうしてくれると、ありがたい」

 スタンプ・カードにスタンプを二個押してもらう。


「さあ、次の職場に行くわよ」

 武神が転移門を開く。フィビリオは転移門を潜る前に、そっと振り返る。

「お休み、アッティラさん」

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