第18話 復讐の結末(前編) 

 フィビリオはただひたすら冒険者と戦い、装備を奪った。

 倒した冒険者は止めを刺さないようにして、離れた場所にジャイアント・スケルトンに命じて捨てさせてきた。


 五日が経過したところで、武神が見に来る。武神は機嫌もよく話す。

「随分と派手に活躍しているようね。偉人の霊廟に誰も入れなくなった、って噂よ」


「アッティラさんには昔、稼がせてもらったからな。恩返しだよ」

 勝手な言い草だが、現在は恩義を感じているので正直に教えた。


 武神が少しばかり苦い顔をして苦言を呈する。

「でも、やりすぎよ。冒険者の間じゃ、ないーわ、あれはないーわ、って嘆く声が上がっているわよ」


 自分がレベル上げに来たら同じ感想を抱くだろう。だが、他人は他人だ。

「別にいいだろう。こっちは優しくして、命まで取らないのだから感謝してほしい」


 武神がフィビリオから視線を外す。

「おや、団体さんが近づいて来る気配がするわ」


(敵は一人なら力押しでいけると踏んだか? 嘗めてもらっては困る)

「俺も感じている。武神は隠れていてくれ。軽く片付ける」


「手伝わなくて、いいの?」

 武神の提案に呆れた。


「俺と武神が同時にいたら、それこそハード・モードじゃなくて、ナイトメア・モードだ。誰もクリアできない」


「フィビリオが一人でいても同じだと思うけど。わかったわ、隠れて見ているわ」

 武神が霊廟内に隠れる。


 霊廟に進入されないように、魔術・ミレニアム・シールで入口を塞いでおく。

(これで、全員が走り込んできても中に逃げ込まれる恐れはなし、と)


 ぞろぞろと百五十人近い冒険者がやって来る。

(ほう、結構そろえたな。数で押す気まんまんだな。だが、俺を相手にするには不足だな)


 冒険者は戦士を前面に据えていた。

 両翼に弓兵を配備して、後方に魔術師が待機していた。


(オーソドックスな陣形だが、それでやられるほど、俺は弱くはない)

 距離百mから冒険者は矢を射掛けてくる。数十本の矢が飛んでくる。


「剣技・大旋風」

 大きな風が巻き起こって、矢が届かなくなる。


「魔術・キャッスル・ウオール」

 冒険者の集団を囲う厚い岩壁ができる。


「魔術・超極大・ダークネス・ソード」

 岩壁を押し潰せるほど、幅が広く長い、山のような漆黒の刃が形成される。


 全員を押し潰さんと、ダークネス・ソードを振り下ろした。

 岩壁で囲まれた空間が、超巨大な刃で潰される。


「ふむ、こんなところか、さて、何人が残ったかな」

 岩壁を解除すると、立っている冒険者は誰もいなかった。


「あれま、全滅か。ちと、やりすぎたか」

 数が多く全員の装備を剥ぐのが面倒なので、武器だけ奪う。


 冒険者をジャイアント・スケルトンの集団に捨てさせに行く。

 ミレニアム・シールを解除すると、武神が姿を見せる。


 武神は感心した。

「相変わらず。無茶苦茶な強さね」


(よく言うよ。俺と同等か、それ以上のくせに)

「これで、冒険者はしばらく来ないだろう。でも、アッティラに襲われる街が気の毒でならないな。眠っているアッティラを倒せば、街の被害は少ないだろうに」


 武神はあっさりした態度で解説する。

「街に被害なんて出ないわよ。街はもうないもの」


(何だと? ならば、何のための復讐なんだ?)

「どういう絡繰りなんだ? 詳しく教えてくれよ」


 武神が澄ました顔で説明する。

「賢者アッティラは二百年前に政争に敗れてイバースの街を追い出されたわ。アッティラなきあと、すぐにイバースの街は戦争に負けて、廃墟になったのよ」


「何だって? 復讐対象の街がない現実を、アッティラは知っているのか?」

 武神は他人事として冷たく語る。


「さあ、どうかしら? 私は聞かれていないから、教えてないけどね」

「いや、待て。アッティラは軍事行動を起こそうとしているんだぞ。復讐対象がなくなっている状況を知らない現実は、滑稽を通り越して悲惨だぞ」


 武神は冷たく拒絶する。

「なら、フィビリオが教えてあげたら? 貴方の二百年は無駄でした、って」


(俺が教えるのか? 告知は俺の仕事ではないけど。知らないままでは可哀想だな)

「是が非でも復讐してくれとは頼まない。だけど。事実は教えづらいな」


「どっちでもいいわよ。私の仕事はアッティラに休みを取らせることだから。休みの後どうなろうと知らないわ」


 多少むっとしたので意見する。

「四角四面の冷たい神様だな」


 武神はつんとした表情で、口を尖らせて言い放つ。

「何よ、その言い方。私は私の仕事をしているだけです」


「わかった。なら、アッティラのアフター・フォローも俺がしてやるよ。だから、スタンプ一個を多く押してくれよな」


 アッティラを助けてやりたい。だが、タダでは働きたくない。

 幸い今回はスポンサーたる武神がいるので、報酬の積み増しを頼む。


「何か都合よく報酬を増額されたけど、いいわよ。アッティラを納得させられたら一個多くスタンプを押すわ」


(何だ? 武神は言葉ではあれこれいっているが、アッティラが哀れだと同情しているんだな)


 二日後、アッティラが起きる日が来た。

 玉座の間に行くと、アッティラはすこぶる機嫌が良さそうだった。


「ありがとう、フィビリオ。おかげで力がみなぎってきた。これなら長きにわたる我が恨みも、晴らせよう」


「あのな、アッティラさん。月並みの言葉で悪いが。復讐なんて虚しいだけだ。復讐を止めないか?」


 アッティラが眉間に皺を寄せて拒絶した。

「何を馬鹿な言葉を。復讐が虚しいだなんて、憎しみを知らぬ者の戯言だ。誰も我の復讐を止められぬと知れ」


(残念だが、現実を知ってもらうのが一番早いか。その上で慰めよう)

「わかった。わかったよ。俺も一緒に行くよ。サービスで加勢するよ」


 アッティラはフィビリオの加勢をいたく喜んだ。

「そうか、我が憤りを知り、加勢を申し出るか。よいぞ、共に街を滅ぼそう」


 アッティラは霊廟の外に出る。

 外は夜で月が高く昇っていた。


「今宵は良い月が出ている。絶好の復讐日和だぞ」

 アッティラが転移魔法を唱える。


「さあ、現れよ。我が怒りの具現者たるアンデッドの軍勢よ」

 大きな転移門がいくつも出現して、アンデッドの大軍が現れる。その数、一万。

アッティラが愉快そうに笑う。


「ふははは、これぞ我が不死なる一万の軍勢。この軍勢でもってイバースの街を蹂躙(じゅうりん)してくれようぞ。進め、我が軍勢よ」


 アッティラは宙に浮く。アンデッドの軍勢はゆっくり行進を始めた。

 朝日が昇る少し前に、苔むした廃墟が見えてきた。


 かつて城壁だった石壁は崩れ。建物は往時の面影をわずかに残すのみであった。

 小動物はいるが、人間はいない。


 アッティラは廃墟を二百mほど通り過ぎて、進軍を止める。

 副隊長のアンデット・ナイトに地図を持ってこさせる。


 アッティラが首を傾げて疑問を口にする。

「おかしいな。イバースの街がないぞ。儂の記憶だと、もうイバースの街に着いてもよいのだがな。どこかで道を間違えたか?」


 言いづらいが、イバースの街が廃墟である事実を告げる。

「だからな、アッティラさん。その、さっき通り過ぎた廃墟がイバースの街なんだよ」


「嘘だあ」とアッティラは最初、信じなかった。

「なら、訊くけど、偉人の霊廟からイバースの街の間に廃墟ってあったか?」


「いや、ないな。えっ、えーっ、本当に街が滅んだのか!」

 アッティラは酷く狼狽えていた。


「うん、そうなんだ。残念だけど復讐する対象はもう存在しないんだ」

ぽかーんの言葉が似合いそうな表情をアッティラはする。

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