第16話 ヨット・レース

 軽く眠って、夕食を摂りに酒場に行く。酒場の雰囲気が変わっていた。

誰もがフィビリオに注目していた。何となくだが予想は付いた。


(後継者問題だな。黒髭は後継者を決めておかなかったか)

 フィビリオが席に着くと、エルナが寄ってきた。真剣な顔で尋ねる。


「海賊たちの間で簡単にだが、話し合った。黒髭の跡取りの話だ。まず、フィビリオのお頭に聞きたい。このまま、黒髭の後釜に座る気はあるか?」


(認めてくれる態度は嬉しい。だが、俺は海賊王になりたくて強くなったわけじゃない)


「座る気はないし、座りもしない。俺には次の仕事がある」

 エルナの表情が、やや強張る。


「なら、黒髭の代行として後継者を決めてほしい」

 酒場がシーンとなった。


「わかった――と、快諾したいところだ。だが、俺はこの島の事情をよく知らない」

 エルナがむすっとした顔で依頼する。


「それでも、誰かを指名してくれないと話が進まない」

「それなら、まずなりたい奴は立候補してくれ」


 禿げ頭で入れ墨の海賊が、威勢よく声を上げる。

「俺の名はアルベルト。俺が立候補する」


 優男風の海賊が立ち上がり、優雅に告げた。

「俺の名はギルベルト、次の海賊王は俺だ」


 エルナも真剣な顔で名乗り上げる。

「いや、この島は私が仕切らせてもらう」


 三名が名乗りを上げると、酒場の空気はぴりぴりとしたものになった。

 アルベルト、ギルベルト、エルナが険しい顔で睨み合う。


 フィビリオは確認する。

「一応、聞こう。三人で仲良く島を治めるつもりはあるか?」


「ないね」とアルベルトがおっかない顔して断言する。

「俺も御免だ」とギルベルトが澄まし顔で宣言する。

「残念ながら、三人は仲良くは無理だ」と、エルナも冷たく言い放つ。


(後継者選びまで俺の仕事になるとはな。ここで海賊王を決めても、もって、半年かな。明日に血生臭い殺し合いになるよりはいいかもしれんがな。恨むなよ、武神)


「OK。わかった。なら三人でヨット・レースをしよう。ヨット・レースで勝った者を、俺が次の海賊王に指名する。ちなみに、三人の中でヨットを操縦できない者はいるか」


 海賊の誰かが声を上げる。

「この海賊島で育った者なら、男も女もヨットが操縦できない者はいませんぜ」


「わかった。なら、明後日の朝にヨット・レースを行う。ルールの詳細は、アルベルト、ギルベルト、エルナで詰めてくれ、以上だ」


 三人はすぐに個室に入って行き話し合いを始めた。

 翌朝に起きると、海賊酒場では誰が次の海賊王になるかの話題で持ちきりだった。


 クルトを捕まえて尋ねる。

「アルベルト、ギルベルト、エルナ、三人の特徴を簡単に教えてくれ」


「アルベルト船長は勇猛果敢で、船の襲撃が得意です。ギルベルト船長は頭がよくて、計算に優れています。エルナ船長は交渉事が得意で、略奪品の換金が上手です」


「わかった。簡単な説明ありがとう」

(どの船長も一長一短なんだろうな。三人を部下にするぐらいでなければ、海賊王はできないわけか。となると、やはり誰を選んでも後々の争いは避けられない、か)


 夕方になるとエルナがやってくる。エルナが真剣な顔で頼んだ。

「フィビリオのお頭、詳細が決まったよ。レースは近くの小島を回って帰って来るまでの十五㎞のコースだ。島の子供たちもよくレースをやるコースだよ。それで、お願いがある」


「何だ? 俺にできる仕事なら手伝うぞ」

「小島にいて、首から提げるメダルを渡す係をやってほしい」


「折り返し地点での立会人か? いいぞ。何もしないで役員席に座っているのは暇だ」


「なら、よろしく頼むよ」

 朝になり、ヨット・レースの当日になる。当日には旗がなびく程度の風があった。


 レースを仕切る海賊から、折り返し地点で渡すメダルを受け取る。

 係員の海賊に訊く。


「ちょっと風が強いようだけど、安全面で問題ないか?」

 海賊は機嫌よく答える。


「心配ないですよ。ヨットは風がないと進まないものです。これぐらい風があったほうがスムースに進みます」


「なら、いいか」

 フィビリオはメダルを受け取ると、先に艦に乗って七・五㎞先にある小島に移動する。


 小島に到着すると、艦から空砲が鳴らされる。

 係員の海賊がやってきて、説明する。


「こちらの準備ができたと合図しました。スタートしたら海賊島で空砲が鳴ります」

「どれくらいで、小島に到着するんだ」


「速いヨットなら、三十分でしょうか」

「ふーん」と思っていると、空砲が鳴った。


「スタートしたようですぜ」

「お前は誰に勝ってほしいと思っているんだ?」

 係員の海賊はにやっと笑うと、こっそりと教えてくれた。


「ここだけの話ですぜ。アルベルトは腕っぷしは強いが、頭に欠ける。ギルベルトは頭が良過ぎる。その点、エルナ船長は硬軟織り混ぜた対応ができる、なので、エルナ船長の一択ですな」


(そうだったのか。命を預ける部下は部下で、きちんと上に立つ人間を見ているんだな)


 係員の海賊が艦に上がった。

 一人で小島で待っていると、ヨットが見えた。


 一番先に来たヨットは、ギルベルトのヨットだった。

「お前が一位だ。がんばれよ。ギルベルト」


「言われなくても」とメダルを貰ったギルベルトが余裕の顔で小島を出る。

次にエルナのヨットが見えた。ギルベルトから六分遅れだった。


(どれ、俺は一般の海賊が押しているエルナに、ちょっと手を貸すか)

フィビリオはこっそりエルナのヨットに風を受けやすくなる魔法を掛ける。ついでに、水との抵抗を減らす魔法も掛けてやる。


 効果時間十二分としたので、島に戻った時には魔法が消えている算段だった。

「頑張れ、エルナ。まだ挽回できるぞ」


 エルナは厳しい顔で答える。

「わかっているよ。まだ勝負は着いちゃいない」


 何も知らないエルナが、メダルを受け取るとヨットを飛ばす。

 エルナから遅れること十五分でアルベルトが入ってくる。


 アルベルトは苛立っていた。

「くそ、誰かが俺のヨットに細工をしやがった」


「残念だが、再戦の予定はない。最後まで戦ってみろ。勝負は最後の最後まで、わからんぞ」


 アルベルトは怒りの表情でメダルを受け取る。

 アルベルトはヨットに戻るが、アルベルトの勝利はないと思った。


 係員の海賊が艦から降りてきたので、告げる。

「俺は転移魔法で一足先に海賊島に帰るかから、後はよろしく」


「へえ、わかりやした」

 転移魔法で海賊島に帰って勝者を待つ。海賊たちがどきどきした顔で待っていた。


 しばらくすると、ヨットが見えた。

 ヨットは一艘目と二艘目の差が三百mと、わずかだった。


 距離は縮まりそうに見えたが、縮まらない。海賊たちが沸き立つ。

 先頭のヨットが港にゴールする。ゴールしたヨットはエルナのものだった。


(魔法による効果が効いたか)

 フィビリオは何喰わぬ顔で喜ぶエルナに近づく。


「おめでとう、エルナ。今日から君が海賊王だ。これは海賊王の印だ」

 フィビリオは黒髭の形見の指輪を差し出した。


 エルナが指輪をすると、一際盛大な歓声が沸く。

 海賊がエルナを祝福するなか、武神が転移魔法でやってきた。


 武神は騒ぎに驚いた。

「何があったのよ? まるで、祭りね」


「別に。黒髭が死んで、新たな海賊王が誕生したんだよ」

 武神は表情を曇らせる。


「まさか、黒髭の死にフィビリオが関わってないでしょうね?」

「黒髭の死には関わっていない。新たな海賊王の誕生には、手を貸したけどな」


 フィビリオはスタンプ・カードを出す。

 武神がスタンプを一つ押してくれた。

「次の海賊王が決まったのなら、いいわ。さあ、次に行くわよ」

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