第15話 海賊王が死んだ

 軍艦が立ち去った後、三日ほどのんびりとした時間が過ぎる。

(海賊の本拠地って点を除けばいい島なんだけどな。もったいない)


 酒場にいるのも飽きたので、湾内で釣りをしていた。

 湾内では海賊の子供たちがヨットを浮かべて遊んでいる姿が見えた。


(海賊島って指摘されなければ、明るいうちは長閑のどかだね。ちょっとしたバカンス気分だ)


 慌てた海賊がやって来る。

「フィビリオのお頭、大変でさあ。黒髭のお頭が海軍に捕まりました」


(やはり黒髭の身に何かあったか。最悪、もう死んでいるのかもしれんな)

 疑惑を隠し、知らない振りして訊く。


「その情報は本当なのか?」

「まだ、確認が取れていやせん。ですが、かなり確実との噂です」


(俺の仕事は黒髭の代行で、座っているだけの楽な仕事のはず、だったんだけどな。ここで確認しておかないと、また武神に何か愚痴られるな)


「それで、その確実な噂では黒髭はどこに捕まっているんだ? 助けに行ってくる」

 海賊は不安な顔で早口に答える。


「ここから、船で五日ほど行ったプロシキンの街です」

(プロシキンか。行った経験がないから、俺の転移魔法では飛べないな)


「けっこう遠いな。誰か転移魔法を使える奴はいないのか?」

「エルナの姉さんなら使えます」


(大勢で行く話でもないか。もし、まだ生きているなら俺が取り返して、この島まで転移魔法で飛んで帰ればいい)


「よし、なら、エルナと俺で海賊王の安否を確かめてくる。エルナを酒場に呼んでくれ」


「わかりやした」と海賊がどこかに駆けてゆく。

 フィビリオも釣りを止めて、海賊王の館に戻り準備をする。


 準備が終わると、エルナがやってきた。エルナは横幅がある、がっしりした女性だった。


 年齢は三十代後半で金色の髪をしていた。恰好は、商船主が着る茶のズボンを穿いている。上はクリーム色のシャツに茶のベストを羽織っていた。


「転移魔法が使える魔術師には見えないな。海賊にも見えない。どこから見ても商船主だ。つまりは、完璧ってことだ。随分と様になっている」


 エルナは真面目な顔して話す。

「プロシキンには商船主として頻繁に奪った品を売りに行っているからね。あながち間違っちゃいないよ。さあ、行こう、黒髭の頭が心配だ」


「わかった。転移門を開いてくれ」

 エルナが魔法で転移門を開いたので潜る。


 出た場所は物置のような小さな場所だった。

 扉を開けると路地に出た。路地を抜けると、すぐ大通りだった。


 大通りは人が賑わっており、活気に満ちていた。

(エルナの秘密の出入口の一つか。こんな場所がいくつも街にあるんだろうな)


 エルナが澄ました顔で注意する。

「はぐれないでくれよフィビリオの旦那。はぐれたら帰りが面倒だ」


「ああ、わかっている。定期便が出ている場所じゃないからな」

 エルナは大通を歩いて、港が見える場所にある酒場に入った。


 酒場には船乗りの恰好をした人間が大勢いた。

 エルナは酒場の隅にいる老いた船乗りの元に行った。


「久しぶりだな、爺さん。ちょいと、聞きたい話がある」

 老人はしょんぼりした顔で、向かいの席をエルナとフィビリオに勧める。


 席に着くなり、老人は開口一番に教えてくれた。

「黒髭の話だろう? 奴なら、死んだよ」


「やっぱりな」が正直な感想だが、黙っておく。

エルナが声を潜めて訊く。エルナの顔には驚きの色があった。


「黒髭が死んだって話、本当なのかい? 誰がやったんだ?」

 老人は沈んだ顔で答える。


「誰がやったかはわからない。黒髭が海軍の奴らに見つかった時には、小舟の中で虫の息だった。そのまま、護送中に海軍の艦の中で息を引き取ったよ」


 エルナの顔には疑いの色がありありとあった。

「信じられない。何かの間違いだろう?」


 老人は暗い顔で、元気なく告げた。

「本当さ。昨日、黒髭が生き返らないように、遺体が焼かれ灰が海に撒かれた」


 老人はテーブルの上に、サファイアが付いた金の指輪を載せる。

「黒髭がいつも肌身離さず持っていた指輪だ。海軍の保管庫から俺が盗んできた」


 エルナは震える手で指輪を確認する。

「間違いない。黒髭の指輪だ」


(これで確定だな。黒髭は死んだ。エルナにとっても予想しない最期だったんだろうな)


 フィビリオは手を差し出し、指輪を受け取る。

 指輪に掘られた小さな文字を確認する。


(『指輪を持つ物に指揮権を』か、マディアラス文明の文字が彫られている。やはりマディアラス文明の軍艦が出た時には、黒髭は死んでいたか)


 海賊王の最後としては、あっけないものだと、フィビリオは寂しく思った。

 老人が寂し気な顔で昔を懐かしむ。


「俺は黒髭と共に、いい時代を生きた。俺の役目は終わりだ。俺も今日で引退するよ。心残りだった指輪も渡せたしな。じゃあな」


 老人は席を立って、喧騒の中に消えていった。

 落ち込むエルナと一緒に海賊島に戻った。


 海賊島に戻ると、不安な顔をした海賊たちが寄ってくる。

「どうでした、フィビリオのお頭? 黒髭のお頭と会えましたか?」


 フィビリオは指輪を見せて教える。

「黒髭のお頭は海軍に捕まって、海軍の艦の中で息絶えた。これが、黒髭の形見の指輪だ」


 老いた海賊が、おそるおそる指輪を手にとって叫ぶ。

「間違いねえ。これは黒髭のお頭が大切にしていた指輪だ」


 動揺が海賊たちに走る。誰かが声を上げる。

「いったい誰が、誰が黒髭のお頭を海軍に売り渡したんだ!」


「黒髭の身に何があったのか、それはわからん。ただ、見つかった時は小舟で一人っきりで虫の息だった。怪物にやられたのか、裏切りに遭ったのかは不明だ」


 フィビリオは指輪を受け取ると、客間に引っ込んだ。

(黒髭ほどの男は簡単に死なんと思った。だが、人間の命運が尽きる時ってのは、こうも簡単なものなのかね)

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