第14話 彷徨う軍艦
五日ほど、平穏な日々が続く。海賊たちもフィビリオに慣れた頃に、事件は起きた。
海賊が
「フィビリオのお頭、軍艦が出ました」
(何だ? 海軍による海賊掃討作戦か? だとしたら、厄介だな。お役目でやってきた軍人さんを斬るのは気が引ける。だが、今は黒髭の代行だからな)
「軍艦か? こんなところまで海軍が来るんだな」
海賊が眉を
「来やしませんよ。ここは泣く子も黙る黒髭の居城ですぜ」
(はて、海軍じゃないなら何だ? 海賊王になりに来た他の海賊か?)
「なら、他の海賊が攻めて来たのか? 相手は何隻だ?」
海賊が不思議がって答える。
「いえ、それが一隻で、海賊の艦でもないんです」
「海上で食料と水を失った遭難した軍艦か? ならば、食料と水を売ってやれ」
海賊は困惑した顔で意見する。
「お頭、そんな親切な海賊はいませんぜ」
「俺は親切な男なんだよ。もっとも、相手からこの島に来ないのなら無視だ。こっちから手を差し伸べてやる必要はない」
「わかりやした」
正体不明の軍艦の話はこれで終わったと思った。そしたら、昼にまた海賊がやって来る。
海賊は浮かない顔で話し掛けてくる。
「フィビリオのお頭。大変です。白鯨海賊団の艦がちょっかい懸けて、沈められました」
(血の気の多い海賊が示威行動に出て、返り討ちか。面倒な事態になったな)
フィビリオは内心は苦く思った。だが、素っ気ない態度で語る。
「島に来ないなら無視しろと、俺は命じた。俺の命令を無視して勝手に戦ったのなら、自業自得だ。哀れみは懸けんぞ」
海賊が苦い顔で意見する。
「いや、でも、ここは海賊王の縄張りでさあ。そこに入って来て挨拶の一つもなしってのは、頂けねえ」
(なるほどね。馬鹿にされるわけにはいかんか。海賊王の代行だから、艦を沈める決断も、やむなしか。こっちも一隻、沈められたんだ。向むこうも、覚悟を持ってやったんだろう)
「わかった。敵艦を沈める許可を出す。やりたい奴にやらせろ」
「わかりました。目にものを見せてやります」
海賊は意気込んで出て行った。
昼になる。お昼はガーリック・トーストに浅利と蛸のパスタだった。
(パスタか。さっぱりしていて、いいな。レモンも効いているのか、実に酸味がいい)
パスタを楽しんでいると、慌てた海賊が入ってくる。
「フィビリオのお頭、大変です」
せっかくの楽しい時間を邪魔されて、少し不機嫌になった。
「ちょっと待てよ。昼飯を食っているだろう。パスタが伸びちまう。急ぎの用なのか?」
「こちらの艦が三隻も沈められました」
「相手は一隻だろう。三倍の数を投入して負けるって、どんだけ弱いんだよ、お前ら」
海賊は苦しげな表情で弁解する。
「普通の海戦なら、負けやせん。でも、相手はおかしな術を使って船を沈めるんでさ」
(メテオ・ストライク使いか。なら、レベル八十はあるな。俺なら負けるとは思えん。だが、そんなのとやりあったら、島が滅茶苦茶になるな。俺以外が全滅になれば、武神も黒髭も顔を真っ赤にして怒るだろうな)
「何だ、隕石を降らせてくるのか? だったら、相手が悪いな。そこまで高レベルの魔術師なら、戦えば戦うほど損失が広がるぞ」
「違うんでさあ、艦を真っ二つにする技を使うんでさあ」
「俺みたく、艦を剣で斬るのか?」
(だとしたら、レベル七十以上の剣士か。俺や武神と同等はないだろう。だが、世界は広いからな。名も知られぬ剣豪が、いるかもしれない)
海賊は弱った顔で告げる。
「それが、いきなり沈むから何をされたのか、さっぱりわかりません」
(高レベルの剣技を見切れと命じるほうが無理だな。これは、俺の出番だな)
「わかった。敵艦には手を出すな。飯を食ったら、俺が出て行って片を付ける」
食事を終えると、港にいた適当な艦に乗る。
「よし、不思議な技を使う奴に会いに行こう」
海賊船に乗って海に出る。
五㎞ほど進んだところで、二十㎞先の海上に浮かぶ赤い六五m級の赤い軍艦が見えた。
自分より強い人間がいるとは思えない。だが、フィビリオの心は浮き浮きしていた。
(なかなか目立つ軍艦だな。さて、どんな剣豪が乗っているのやら)
海賊が控えめな態度で進言する。
「フィビリオのお頭。これ以上、近づくと、俺たちの艦が沈められる恐れがあります。どうしますか」
(歩法・海面走りで近づいてもいい。だが、加速して走っている最中に最速剣技で襲われたら、攻撃が当たるかもしれない。ここは用心していくか)
「よし、幸い風がない。手漕ぎボートを降ろせ、時間が掛かっても、ボードで近づく」
「へい」と海賊たちが合図すると、魔法の補助動力付きの八人乗りボートを降ろす。
先頭にフィビリオが立ち。残り六人が後ろに乗ってボートを漕いだ。
ボートが海上を進んでゆく。敵の軍艦から十五㎞の所に行く。
海中を高速で進んでくる物体を、フィビリオは察知した。
(イルカや斬撃にしては遅い。何だ? 未知のモンスターか?)
「剣技。大波斬り」
斬撃を海中に放つ。何かかが弾ける音がした。水柱が上がった。
海に詳しくないフィビリオは何を斬ったかわからなかった。
「これは、何だ? 海中で爆発する魔法か?」
後ろで漕いでいた海賊が叫ぶ。
「フィビリオのお頭。もしかして、見えない敵の攻撃の正体は機雷かもしれません」
「何だ、それは?」
「海中に仕掛ける火薬式のトラップでさあ、接触すればたいがいの船は沈みます」
別の海賊が狼狽した声を上げる。
「いや、でも、機雷が魚のように高速で動くなんて聞いた覚えがないぜ」
(魚のように動く機雷。さしずめ、魚雷といったところか)
そうしている間に、第二、第三の魚雷が海中を進んでくる。
「とりあえず、相手の攻撃は斬れる。すべて俺が防ぐ。敵の艦に、ぴったり小舟を付けるんだ。密着すれば攻撃されない」
「へい」と六人が叫んだ。
フィビリオは魚雷を斬っていく。魚雷を斬っていてわかった。
魚雷は敵の軍艦から発射されていない。敵は海上に一隻、海中に一隻いる。
敵艦との距離が十㎞になった時に軍艦から大砲がこちらに向くのが見えた。
海賊が悲鳴を上げる。
「フィビリオのお頭、撃ってくる気だ」
海賊の叫び声が上がると、十インチの砲弾が飛んでくる。
「剣技・飛鉄斬り」
フィビリオは飛んでくる砲弾も剣で斬った。魚雷と砲弾が降り注ぐ中、小舟は危険な海域をゆっくりと進んでいく。
しばらくすると、魚雷が味方の艦に当たると判断したのか魚雷が止む。砲弾も最低射程を割り込んだのか止まった。
海賊が汗を拭って一息つく。
「ふう、死ぬかと思いやしたぜ」
フィビリオは汗一つ掻いていなかった。
「よし、俺はこの艦の艦長と話をしてくる。お前たちはここで待っていろ」
「わかりました。フィビリオのお頭もお気をつけて」
「歩法・壁歩き」
フィビリオは艦の側面を歩いて甲板に上がった。甲板に上がると、人はいなかった。だが、銀色に光る人形のような存在が十いた。銀色の人形は皆、武器を携帯していた。
(アーク・マディスで見たな。機械人形のオートマンか。タイプからいってレベル三十の剣士タイプだな。オートマンが十体なら同時に相手にしても問題はない。だが、問題は操っている奴だ)
ガチャリと音がして、キャビンから黒髭とそっくりな格好をしたオートマンが出てきた。
(あいつがこの艦の艦長か。レベルにして六十だな、話してみるか)
「あんたが、この艦の艦長か?」
オートマンは流暢な言葉を話した。
「そうだ、私が艦長だ」
「何をしに海賊島にやってきた。海賊に加わりたいのか」
「違う。指輪の主に呼ばれた。指輪の主に危機が迫っている」
「なら、ここで海賊と戦ってないで、その指輪の主とやらを助けに行ってやれよ」
艦長の表情が曇る。
「だが、主の反応が消えた。我が艦は目的を失った」
(これは主が死んだな。この艦を海に戻すには指輪が必要だ。だが、その指輪がどこにあるのかわからないから、海に戻すのは無理だな)
「彷徨える幽霊船ならぬ、彷徨えるマディアラス文明の遺産か。とにかく、この海域から退去してくれ。消えてくれるのなら、攻撃はしない」
艦長はあっさりと要求を飲んだ。
「わかった。お前は強い。主もいないようだし。ここから退去する」
「わかってくれて嬉しいよ」
ロープをボートまで垂らしてもらい戻る。
「手打ちが成立した。艦はこの海域から立ち去る」
海賊たちはフィビリオの言葉にびっくりした。
「こっちは四隻も沈められたのに、何の補償もなしですか」
「お前。俺が決めた手打ちに文句あるってほざくのか?」
フィビリオが凄むと、海賊たちはしゅんとなる。
「いえ、ありません」
「そうか、それでいい、よし。戻るぞ」
ボートは反転して味方の艦に向かう。
先頭に立つフィビリオは内心いい気がしなかった。
(あのオートマンの船長。恰好が黒髭そっくりだった。指輪の主は、黒髭を指す気がするぞ。反応が消えたと教えてくれた。黒髭に何かあったかもしれないな)
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