第9話
父さんとコンビを組むにあたって、どっちがボケでどっちがツッコミかで軽く揉めた。私はツッコミが良かったのだが父曰く「ツッコミは熟練の技術が必要だ。この間お前が見せた一本調子のツッコミじゃ芸の世界では通用しない。だからツッコミは俺がやることにする」とのこと。それに対して私は嫌だったけどボケをやることを受け入れた。
「じゃあ私がボケで、父さんがツッコミね。」
父さんは立ち位置にもうるさかった。父さんは画面から観て左、私は右に陣取ることになった。
「あとは漫才コンビの名前だが」
「それは私に決めさせてよ」
「どんな名前だ」
「パパとムスメの漫才コンビだから、パパムスってのはどう」
「ありきたりだが、覚えてもらいやすいし、いいだろう。パパムスでいくぞ」
「よっしゃ」
私は自分のアイデアが採用された嬉しさに暫く浸っていた。そして秘蔵の掴みネタも披露することにした。
「あのさ、お父さん。私、掴みのネタも考えてきたんだよ」
「ほう、どんなのだ?」
「会場に出てすぐの挨拶の時に、チンポーン、タンポーンって言うの。父さんがチンポーンで、私がタンポーンて言うわけ、どう、面白いでしょう」
私が言い終わると父さんは私の頭を軽くはたいてきた。
「チンポーンはギリギリ許容出来てもタンポーンはダメだ。」
「なんでよ、男女のコンビの掴みにこれ以上のものはないと思うよ」
「芸人の世界では女性の性的なネタはタブーなんだ」
「そうなの?」
「そうなの」
「だからもっと別のつかみを考えないといかん」
「お父さん真面目すぎ。もっと弾けようよ」
「お前は弾け過ぎだ。だがやっぱりお前はボケの方が向いてるな」
父さんは納得したようにうなづいた後、
「芸人ってのはな、常にあらゆる制約、言葉狩りと戦ってるし、戦わなきゃいけないんだ。だから安易にシモに逃げるな」
ともっともらしいことを言ってきた。どうやら私の渾身のアイデアは不採用らしい。
漫才のネタは父さんが作ることになった。当然と言えば当然だが、私はそのネタに口を出さないことにした。芸人だった頃の父さんは一人コントの名人だった。きっと漫才のネタもコントの素養が入ってくるだろうことは容易に想像に出来る。私は父さんの芸人としての力を信じることにした。
父さんの漫才のネタ執筆は早かった。わずか一日でネタを書いてきた。私たちは前座だがライブは二日あるのでネタも二本用意してきたようだ。後は稽古してそのネタを披露するだけだ。
「前座がしくじると後が出にくくなるからな。真剣にやるぞ」
「はーい」
張り切る父さんの後ろ姿はきりっとして凛々しかった。こんな父さんを見るのはお母さんが生きてたとき以来だろう。
「なあオカヅ、今度の漫才ではお母さんの死をネタにするけど、いいな」
「え、なんで」
「お母さんが死んだとき、父さんはTVの前で号泣してしまっただろう。あの時俺は芸人として死んだんだ。甦るためには母さんをネタにしないといけない。そうでなければ復帰する意味がない。」
父さんは真剣な表情で私に言ってきた。芸人の覚悟を感じるその一言を自分の我儘で台無しにするほど子供じゃない。そりゃもちろん本音を言えば嫌だけど、それが芸人の父さんを復活させるなら大歓迎だ。
「うん、いいよ。私は大丈夫」
「オカヅ、ありがとう」
父さんが抱き着いて来ようとしたので、私はするりとそれを交わした。
「じゃあさっそく練習しよう。」
「あ、ああ、そうだな」
私は生まれて初めて父さんの書いた漫才の台本を読んだ。これがプロの芸人の漫才のネタなんだと思うと緊張してきた。舞台まであと二十日と迫ってきていた。私はカレンダーに決戦の日をフェルトペンでマークした。
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