第8話

 「オカヅちゃん、凄いじゃん」

 「何が」

 いつものようにファーストフードで節約デートをしていた私は睦夫に相談した。彼は私の話に食いついてきた。

 「僕が代わりにやってあげてもいいよ」

 「それじゃあ話題にならないでしょ」

 「あ、そうか」

 「困ったよ。父さんが芸人復帰するのはうれしいけど、まさか私が巻き込まれるとは思わなかったからさ」

 「なかなか上手くいかないものだね。でもコンビを組んでオカヅちゃんにデメリットある?」

 「デメリット?」

 「そう、何か悪い事」

 睦夫にそう言われると、直ぐには思いつかない。父さんがピンで仕事が来るようになるまでの期間限定として、私は恥をかくだけでメリットは一切ない。

 「嫌だよ、恥ずかしい」

 「でもチャンスだよ」

 「何が?」

 「大学に一芸入試で入れるかもしれないじゃん」

 睦夫は時々私の想像をはるかに超えることを言ってくる。確かに芸能人活動が認められれば一芸入試でどこかしらの大学に入れるかもしれない。問題は一年で大学費用が稼げるかだ。芸能界はそんなに甘くない。きっと営業を嫌というほどこなさないといけないだろう。私が高校生だから学校に行きながらの活動は大きな負担になる。しかも未成年で十七歳なので夜九時以降は仕事が出来ない。考えてみるとギャンブルに首を突っ込むようなものだ。

 「なんか凄いギャンブルのような気がする」

 「そんなことないよ。あの日二人で漫才やったとき、オカヅちゃん、輝いてたよ。オカヅちゃんならきっとうまくやれるよ、大丈夫。僕が保証する」

 睦夫に保証されても全く安心できないが、彼の純粋無垢な笑顔に救われて、私は前向きな気持ちになった。

 

 夕方、家に帰ると父さんが玄関口で深々と土下座をしていた。私は驚いて変な声が出そうになったのを必死にこらえた。

 「頼む、オカヅ。父さんを男にしてくれ」

 「元々男じゃん」

 「そういう意味じゃないけど、そのボケはナイスだ」

 父さんは立ち上がり、私の両手を掴んできた。私は大きく息を吐き、

 「分かったよ。ただし期間限定だからね。父さんのピンの仕事が軌道に乗るまでの」 

 「ありがとう、オカヅ」

 父さんは私を抱きしめようとしてきたので足を思いっきり踏んづけてやった。流石に効いたらしく少し足親指の付け根に傷が出来ていたが私は気にせず家の中へ入っていった。


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