第2話 

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 「お前か、娘のお手手をにぎにぎしてる重罪人は」

 「ひい、すいません」

 父さんがいるときに彼氏を家に連れてきたが、状況は最悪の一言に集約された。だから嫌だったのに。これでは漫才の事を言い出せる空気じゃない。何とかしないと。

 「なんてな。娘と仲良くしてくれてありがとな」

 父さんは緊張感の詰まったデカい顔を破顔させて睦夫をソファに座るように促した。父親は笑っているが目が笑ってない。内心快く思ってないのが明らかだ。自己紹介もほどほどに父親は口火を切ってきた。

 「それで、話ってなんだ?」

 「ええ、実は僕、芸人目指してて」

 睦夫の一言を父親は恫喝で消し去った。睦夫は下を向いてまごまごしている。彼の代わりに私が話すことにした。

 「あのね、お父さん。睦夫君、芸人になりたいんだって。それで」

 「なんだと!?」

 「話は最後まで聞いてよ」

 父さんは睦夫を睨みつけている。今にも心臓を食い破りそうな表情だ。現在の父さんの芸人嫌いは外国人が納豆を嫌うような感覚に近いかもしれない。

 「芸人なんて・・・」

 吐き捨てるようにそう言い放つ父の目は怒気で溢れていた。

 「芸人なんて何よ」

 「誰でもなれる。来るもの拒まない事務所も沢山あるからな」

 「ならいいじゃん」

 「だから駄目なんだ。数が多すぎるんだ。新世代との循環が上手くいってない、高齢化も進んでる。ピラミッドの頂点は未だ変わらないからな。本気で芸人を極めたいなら二十代の内は勉学に充てて三十代で勝負。最低十五年は先輩をヨイショしつつ臭い飯を食う覚悟を持たないと今はやっていけない商売なんだぞ」

 父さんがヨイショしていた先輩芸人に、私は本気かどうか知らないが十八になったらエッチしようと言われたことがある。その先輩は更に上の大物とつるんで、それを盾にテレビで言いたい放題言っている、毒舌という名の暴言をまき散らす芸のないコバンザメだ。私はそいつがどうしても許せない。父さんと同じか、時にはそれ以上に嫌いだ。芸能人の好感度ランキングでも嫌われ者の上位常連だし、ただひたすらその先輩芸人の死を願っている。

「芸人になりたいなら自由だが、まだ高校生なんだし別の道もしっかり考えておいた方がいいよ」

  すっかり父さんに説教された睦夫はひるむことなく食いついていった。

 「いいえ、僕は子供の頃から人を笑わせるのが好きで芸人志望です。芸人以外考えられないんです」

 「皆そう言うよ、芸人になりたい奴はね。芸能界という熱病に犯されてうなされているんだ」

「僕は熱病にうなされてなんかいませんよ」

 睦夫はソファから立ち上がり父さんに迫った。睦夫の決意にほだされたのか、

 「ネタはあるのか?」

 と聞いてきた。睦夫は満面の笑みを浮かべて「はい」と答えた。

 「ぜひ観てください。僕、オカヅちゃんと漫才コンビを組むことにしたんです」

 「何、本当かオカヅ」

 私は小さくうなづいた。

 「なら見せてみろ」

 父さんはソファに足組して私たちを一瞥するとテーブルの酒に手をつけた。

 私と睦夫は左右に並んで漫才を始めた。

 「どーも、こんばんはさいたまーずです。」

 二人そろってコンビ名を叫んだ」

 「オカヅちゃん、オカヅちゃん」

 「何、睦夫」 

 「実は僕、将来お金持ちになりたいんだ」

 「お金持ち、それなら私もなりたいな」

 「じゃあ僕お金持ちやるから、オカヅちゃんその奥さんやって」

 「うんいいよ。あなた、あなた、私たちお金持ちざますね」

 「ふっまあ全部横領して得た金だけどな」

 「犯罪者っ」

 「まあそれは冗談だけど、金持ちの日常は忙しいんだよ」

 「ほう、どんな風に。全部家政婦に任せたらいいじゃん」

 「まず入ってきた金を洗浄して綺麗な金にしないといけないんだ」

 「それ一番きな臭い奴! 普通の金持ちをやって」

 「親の資産を受け取ったんだ。だから僕は大金持ちさ」

 「そうそうそれそれ、それなら私も安心して奥さんになれるわ」

 「両親相手には僕が自ら手を汚したんだよ」

 「殺人鬼! もういいわ!」

  私たちは並んで父さんにお辞儀した。   

 「どうだった、お父さん」

 「うーん、つまらん」

 私と彼の努力の結晶は一言で断罪されてしまった。

 「このネタはどっちが考えたんだ」

 「僕です。僕が考えました」

 「そうか。キミ才能ないから芸人は諦めた方がいいよ」

 父の言葉に、流石の睦夫も傷ついた様子を見せていた。  

 「父さんに睦夫の何がわかるの! 彼はまだプロにもなってないんだよ」

 「わかるさ。面白さってのは才能で、持って生まれた物なんだ。彼にはそれがない。

 芸人になれば技術は身に付くだろう。だが笑いの才能は絶対に伸びない。何故なら彼には才能がないから」

 「お父さん酷いよ! 睦夫に謝って」

 「もういいよ、もういいって」

 睦夫はソファに座り込んでうなだれてしまった。

 「言い過ぎたのは謝る。だが芸の世界は厳しいんだ。絶対に売れないと思うがそれでも芸人になりたいなら

 なればいい」

 「なります。僕はそれでも芸人になります!」

 睦夫は諦めると言うかと思ったが、目を輝かせて父を見つめた。

 「睦夫・・・」

 私は睦夫の隣に座り、寄り添った。父さんは酒を煽りながらそんな私たちを見ていた。

 「お父さん、こんなに熱心に駄目だしするなんて、まだ芸人に未練あるんじゃないの?」

 私の一言に、父さんは一瞬硬直を見せつつ、まさか、とそっぽを向いた。芸人だった頃の父さんは輝いていた。父さんは傍若無人の破天荒キャラで物言う攻める芸風を得意としていたために好き嫌いが分かれる存在だったが、いつも正論を言うので私も母さんもテレビで観てて溜飲が下がる思いをしていた。芸人の頃の父さんが好きだったとは言えない空気だった。

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