最終章part26『夢、叶う』

上杉:住宅街 夜 


 上杉です。

 メジャーデビューを控えて、体力つくりの為に走っています。

 頑張るんだ、上杉。生まれ変わるんだ、上杉。

 恋は叶わなかったけど、いつか僕にも素敵な彼女が出来るはずさ。


 そう考えながら走っていると、犬伏さんとすれ違いました。


「あっ犬伏さん・・・・」

「あら、上杉君。何してるの?」

「体力作りのトレーニングです。これから忙しくなるんで」

「そか・・・頑張ってね」

「・・・犬伏さん、長畑さんとは順調ですか?」

「え・・まあ、うん、その・・・・」


 犬伏さんの歯切れが悪い。どうしたんだろう。


「もしかして、上手くいってないんですか?」

「・・・実は、少しね」

「そんな、犬伏さんほどの綺麗な人は、幸せにならなきゃ駄目ですよっ」

「上杉君・・・」

「僕じゃ、駄目ですか?」

「・・・」

「なんてね、言ってみただけです。でも、もし別れるようなことがあったら、僕はあなたを迎えに行きますから。

待ってます。ずっと」

「上杉君・・・」

「じゃあ、僕はこれで・・・」


 悲しい。

 犬伏さんが不幸になるのは、見ていられないよ。

 でも恋の問題は、僕にはどうすることもできない。

 待つことしか、できないよ。


犬伏:長畑の家 リビング 夜


 犬伏です。

 煉次朗の帰りは今日も遅いです。劇団の舞台の練習と言っていました。

 最近、毎日こんな調子で、すれ違ってばかりです。

 あんなに煉次朗の事が好きだったのに、今は気持ちが揺らいでる。

 この気持ち、何でなんだろう・・・。


「ただいま~・・・」


 煉次朗が帰ってきて、リビングにやってきた。

 あたしは笑顔で彼を迎えることにした。


「おかえり。稽古、どうだった?」

「どうって? どうもないよ。いつも通りさ」

「・・・いつも通りって」

「それより疲れた。お風呂入って直寝るよ」

「煉次朗・・・いつもそうだね」

「何が?」

「あたし達、付き合ってるのに、大事な事、何も話してくれないね」

「言葉なんて、要らないだろ、犬伏」

「その呼び方、やめてよっ」 

「犬伏?」

「お願いだから、真希って呼んでよ。あたしは、恋人なんだよ。苗字で呼ぶなんておかしいじゃないっ」

「ごめん・・・真希っ」


 煉次朗があたしの頬に触れてきた。

 あたしはその手を力強く振りほどいた。


「やめてよっ」

「真希・・・」

「・・・煉次朗の、言った通りだったかもね。」

「どうしたんだ、一体?」

「あたし達、友達だった頃の方がお互い分かり合えたし、楽しかった。でも今は、全然楽しくない」

「・・・」

「ねえ、煉次朗。あたし達、友達に、戻らない? その方が上手く行くような気がするんだ・・・」

「いきなり何馬鹿な事言ってるんだよ、俺とお前は」

「お前は止めてっ」

「・・・」

「煉次朗。あたし、煉次朗の事が、心の底から大好きだから、友達に、戻りたい・・・そうすれば、あの頃みたいに、沢山笑いあえると思う」

「真希・・・」

「まだ、好きなんでしょう? 牧野ちゃんのこと。忘れられてないんでしょう。行きなよ、彼女の元に・・・あたしは受け入れるからっ」

「真希・・・ごめん、本当にごめん」

「謝らないで、煉次朗。短かったけど、付き合えて幸せだった。また、友達に戻ろう、ね?」

「・・・そうだな。その方が、お互いにとって、いいのかもな」


 あたしは外へ出て行くことにしました。


「どこ行くんだ?」

「ちょっと夜風に当たってくるね・・・」


上杉:住宅街 夜


 上杉です。

 流石に引きこもり生活が長かったせいか、一日五キロのジョギングはしんどいです。

 でも、もうすぐ終わる。自分に勝つんだ、負けるな、上杉。


 と、僕が走っていると、再び犬伏さんの姿が見えた。どうやら泣いているようだった。


「犬伏さん・・・」

「うっ上杉君・・・」

「どうして、泣いてるんですか? まさか、喧嘩でもしたんですか?」


 僕がそう尋ねると、犬伏さんが僕に抱き付いてきた。

 犬伏さんの髪の香、暖かい温もりが全身に染み渡っていく。


「あたし、長畑君と、別れることにしたんだ・・・」

「犬伏さん・・・」

「ねえ、上杉君。あなた、あたしの事、好き?」

「だっだっ大好きです。初めて見た時から、一目ぼれです」

「ありがとう・・・嬉しいよ・・・上杉君」

「犬伏さん」

「お願いだから、真希って呼んで・・・」

「真希さん・・・」


 僕達は暫く抱き合った。

 そして。。。


「じゃあ、しよう」

「しようって、何を?」

「エスオーエックスッエスオーエックスッ」

「へ」


 犬伏さんはそう叫ぶと、僕の腕を強引に掴んで、家まで引っ張っていった。


「ちょっちょっちょっと待って下さい。僕はまだ、心の準備がっ」

「大丈夫っお姉さんがリードしてあげるからっ」

「そっそんな、もっと時間をかけましょうよっ」

「いいから早く、早く、もう我慢の限界だよっ」

「いっいやあああ、けっケダモノーーーーーーーっ」


 上杉純夜19歳。

 僕はこの日、大人の男に、なりました・・・。 

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