最終章part27『お姉ちゃん』

牧野:牧野の家 384号室 リビング 夜


 牧野です。

 今、お父さんが突然やって来たので、家に入れてお茶を出そうとしているところです。


「はい、お父さん。お茶」

「ああ。悪いな、玉藻」

「どうしたの? 急に家に来て。連絡ぐらいくれればいいのにさ」

「警察から事件の事を聞いた」

「・・・あっ・・・」

「無茶したみたいだな」

「まあ・・・色々ね。大事な友達の為だから、頑張ったよ」

「・・・お前も、東京に来て、知らない間に大人になったんだな・・・」

「えへへ・・・」

「・・・玉藻。実は、お前に、話さないといけないことがある・・」

「何?」

「・・・いや、やっぱり、何でもない」

「何? 気になるよ。」

「それじゃあ、俺は帰る」

「え? もう秋田に帰るの??」

「せっかく東京に来たし、数日間はホテルに泊まる予定だ」

「ウチで泊まりなよ」

「いや、俺は一人がいいんだ・・・」

「そか・・・わかった。久しぶりに会えて、嬉しかったよ、お父さん」

「・・・ああ」


 そう言って、お父さんは私の家を出て行きました。

 お父さん・・・一体何を言おうとしてたんだろう??


牧野:指野の車内 午後


 牧野です。

 美咲ちゃんの結婚式を二ヵ月後に控えて、今日は叔母さんに会いにいくことになりました。

 今時珍しくMT車を乗りこなす美咲ちゃんは、相変わらずカッコいいです。


「あなたにも、知る権利があるからね」

「なんだか大げさだなあ」

「私、実はお母さんとは色々あってね。上手くいってないの。だからあなたに傍にいてほしくて・・・」

「そうなんだ・・・」

「家族って、難しいわね。色々考えちゃう。私の母、あなたの叔母さんは、妻でいる事よりも、女として生きる道を選んだの。

 それが私にはどうしても許せなくて、昔ほどじゃないけれど、未だにシコリが残ってるのよ・・・」

「美咲ちゃん・・・」

「着いたわ」


 美咲ちゃんが車をコインパーキングに止めました。


「さあ、行きましょう」

「どこにいるの?」

「今は一人でスナック経営してるの」


牧野:スナックみさきち前 午後


 牧野です。美咲ちゃんと住宅街にぽつんとある小さなスナックの前にやって来ました。

「ここよ」

「スナックみさきちだって。面白い」

「お母さんったら・・・入るわよ」

「うん」


牧野:スナック店内 午後


 牧野です。

 入り口から入ると、カウンターの後ろで新聞を読んでいる叔母さんの姿がありました。

 私達が入って来た事に気が付いたようで、新聞をしまい、顔を見せます。

 とても年齢を感じさせない、綺麗な人でした。この人が、私の叔母さん・・・?


「美咲・・・どうしたの、突然」

「久しぶりね、お母さん」

「久しぶりどころじゃないじゃない。何年も顔を見せないで。一体何してたの?」

「そんなのあなたには関係ないでしょうっ」

「美咲ちゃん?」

「その、隣の子は?」

「牧野玉藻。お母さんの弟の娘よ。どうしても会わせたくて、連れて来た」

「始めまして、叔母さん。牧野玉藻です、19歳です」

「まあ、可愛い子。あなたに似ているわね」

「そんなことより、私、大志と結婚することになったから。結婚式に来て欲しい」

「え? いきなりそんな話。随分急ね。いつなの?」

「二ヵ月後には、式をあげるわ」

「そう・・・あなた達、長い付き合いだものね。よかったじゃない。」

「・・・ありがとう」

「それで、話はそれで終わり?」

「・・・うん、私からは終わり」

「正直、あなたとは色々な事があったわね。この私のことを殺そうとしたこともあったっけ」

「またその話? いい加減にして。あれは気の迷いだったって、何度も謝ってるじゃない」

「あの時私、本当に傷ついたのよ。まさか実の娘にそんなことされるなんて、夢にも思ってなかったから」

「・・・(ため息)」

 

 なんだが、不穏な空気になってきました。でも、なんだか羨ましい。

 私のお母さんが生きていたら、どんな関係になっていたんだろう?


「? 玉藻・・・」

「玉藻ちゃん? なんで泣いてるの」


 気が付けば、私は涙を流していました。


「羨ましい・・・私には、こんな風に喧嘩が出来る、お母さんもいない・・・私も、お母さんと、こんな風に喧嘩がしたかった」

「玉藻・・・」

「玉藻ちゃん・・・」

「二人とも、お願いだから、仲良くね」

「玉藻・・・」


 それから暫く沈黙が続きました。口を開いたのは、叔母さんでした。

 

「ねえ、玉藻ちゃん。あなた、知ってる?」

「? 知ってる? 何をですか?」

「そう、何も知らないのね、可哀想に」

「ちょっと、お母さんっ」

「玉藻ちゃん、落ち着いて聞いて。実はね。森羅聡里さん。彼女はあなたの実のお姉さんなのよ」

「えっ」

「お母さんっいきなり何てこと言うのっ」

「だって事実でしょう」

「どういうことです?」

「本当の話よ」

「出鱈目よ、馬鹿なこと言わないで、この馬鹿親っ」

「ふう・・・」

「玉藻、帰るわよっ」

「でもっ・・」

「いいから、早くっ」


 私は美咲ちゃんに強引に引っ張られてスナックを後にしました。


牧野:コインパーキング内 午後


 牧野です。

 今、私、凄く動揺しています。

 森羅さんが、お姉ちゃん? どういうこと? どういうことなの??

 

 私は美咲ちゃんに強引に車の助手席に乗せられました。

 美咲ちゃんの車のキーを挿し込む腕が震えて、上手く入らないみたいです。


「・・・本当なんだね?」

「でっ出鱈目よっ全部狂言なの。私のお母さん、そういうとこあるからっ」

「私に嘘つかないで。美咲ちゃん、全部知ってたんだね・・・」

「・・・」

「美咲ちゃん!」

「ええ、そうよ。私はあなたに始めて会う前からずっとこの事を知ってた。いつ打ち明けるべきか、ずっと悩んでた。

でもあなたのお父さんに口止めされて、言えずにいたの・・・本当に、ごめんなさい」

「車、出して。」

「ええ」

「お父さんのホテルに連れてって。私がお父さんと話をするっ」

「玉藻っ」

「これは私の問題だから、私が解決させる」

「・・・わかったわ、行きましょう」


蘭:都内のホテル 午後

 

 蘭です。

 今、お姉ちゃんと一緒に牧野さんのお父さんが泊まっているホテルに着ています。

 一度は諦めた牧野さんの件を、どうしても解決したい。

 そう姉と意見を共有して、二人でお父さんのところへ乗り込むことにしました。


「行くよ、蘭。冷静にね」

「うん」


 私とお姉ちゃんはホテルの中に入っていきました。


網浜:都内のホテル 555号室前 午後


 アミリンです。

 今、牧野さんのお父さん、牧野佐助さんが滞在しているホテルの部屋にやって来ました。

 蘭がこの場所を特定したんです。


 凜はドアをノックしました。

 ドアが開き、牧野佐助さんが顔を出してきました。


「失礼ですが、どちら様ですか?」

「初めまして。私の名前は網浜凜。警視庁捜査一課の刑事です」

「刑事さん・・・」

「私は妹の探偵、蘭です」

「実は、あなたの娘さん、光定聡子さんの件でお話をしたく伺いました。少しお時間を頂いてもよろしいですか」

「・・・ええ、どうぞ」


 佐助さんがドアを開けたので、凜と蘭は部屋に入っていきました。


「それで、聡子の話って、何ですか? 刑事さん」

「実は、彼女は悪い組織に目を付けられて、利用され、殺されそうになっていたんです」

「なんですって」

「安心して下さい、幸い事件は解決しました。彼女は無事です」

「そっそうですか・・・」

「彼女、森羅聡里という偽名を使ってあなたと接触していたそうですね」

「・・・ええ、そうです。」

「どうして実の父として認知してあげなかったんですか?」

「・・・私の妻の両親に、秘密にされたんです。妻が死んだとき、お前は人殺しだ、と罵られましてね。」

「ですが牧野さんのお兄さんはこの事実をご存知なんですよね?」

「・・・ええ、どうやら、知ってしまったみたいで・・・」

「これからも、牧野さんにお話しするつもりは無いんですか? 彼女はもう大人です。知る権利はあると思いますが?」

「刑事さん。流石にそれは、まだ話せません・・・」


 凜が話していたところに、蘭が口を挟んできました。


「佐助さん。あなた、自分が父親として最低な事をしているっていう自覚はありますか?」

「・・・」

「ちょっと、蘭。黙ってて」

「黙らない! 佐助さん。森羅聡里は、牧野玉藻にとって命の次に大切な人なんです。彼女に会うために、ミュージシャンの夢を置いて、東京で探しに奔走するぐらいです。私も探偵としてその捜索に力を貸しました。事情は解っています。ですが、このままだと、牧野さんがあまりにも不憫だとは思いませんか、佐助さん?」

「申し訳ない。この話はしたくないんです。お帰り願えないでしょうか」

「このまま逃げてばかりじゃ、いつかもっと大変な事になりますよっ」

「私は、家族の平穏を守りたいんです。妻が死んで、私にとっての心の支えは玉藻の成長だけになりました。あの子は私の妻によく似ている。大事に育ててきたつもりです。そんなあの子に辛い現実を話すのは父親としての面子が立たなくなってしまう。私は、怖いんです。真実を話して、あの子に嫌われてしまうのが・・・」

「・・・この、臆病者!! ここまできて、一体何を言ってるんですか?! あなたは牧野さんが実の姉探しのために、どれだけ無駄な時間を割いたか解ってるんですか? 言わずにいたら、逆に牧野さんはあなたを軽蔑し、離れていきますよ。ここは真実を話すべきです。一探偵として、私は心からそう思いますっ」


 蘭が佐助さんを責め立てている、正にそのときでした。


「やめろ! 蘭!!」


 牧野さんが、牧野さんが、部屋に入ってきた。すぐ後ろには、指野さんもいる。


「玉藻・・・」

「これ以上、私の大事なお父さんを苛めないでくれよ・・・」

「牧野さん・・・」

「タマちゃん・・・」

「叔父さん、私のお母さんが、玉藻に真実を話してしまいました・・・」

 

 指野さんが申し訳無さそうに言います。


「・・・」

「お父さん・・・」


 牧野さんがゆっくりとソファに腰掛けている佐助さんに近づき、膝を折って目線を合わせた。


「私は、お父さんのこと、大好きだよ? 例えどんなことがあっても、これから先も、絶対に嫌いになんてならないよ?」

「玉藻・・・」

「だから、お父さん。お願い、森羅さんを、お姉ちゃんを、私達の家族として迎え入れてあげようよ・・・お願い、お父さん。私は全てを許すから。お父さんも、辛かったでしょう? もう、我慢しなくていいんだよ・・・私はもう大人なんだ。人間なんだから、過ちの一つや二つぐらい誰にでもあるもんだよ」

「玉藻・・・」


「牧野さん・・・」

「タマちゃん・・・」


 そのときでした。

 凜のスマホが鳴りました。

 相手は東矢さんでした。


「失礼。ちょっと席を外します」

「大変だ、網浜。森羅さんが、森羅さんがもうすぐアメリカに行っちまう。今、空港に向かってるんだ」

「なっ・・・」


「どうしたの? アミリン??」

「森羅さんが、今日、アメリカに行っちゃうみたい・・・今、空港に向かってるって・・・東矢さんからっ」


 牧野さんは立ち上がって、全力疾走で部屋を飛び出していきました。


「待って、玉藻!」

「お姉ちゃん、私達も行こう!!」

「うん」


 凜たちも牧野さんの後を追いました。

 

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