第二部第四話part4『大喧嘩』

犬伏:長畑の家 犬伏の部屋内 夜


 犬伏です。

 年末。もうすぐ大晦日です。あたし達は皆実家には帰らないそうなので、お正月も四人で過ごします。

 それにしても、東矢君と森羅さんの秘密を知ってしまった。いや、まだ確定ではないけど、でも間違いないよ。

 女の勘って奴。

 東矢君は森羅聡里と繋がってる。あの時会ったのは森羅聡里で間違いないとあたしは睨んでいる。

 だとしたら大変。あのクソ馬鹿大嘘つき男、その事実を牧野さんにひた隠しにしてるんだ。

 絶対許せない。牧野ちゃんがどれだけ森羅さんに会いたがってるか、知ってるくせに!!

 

 ああ、もう、滅茶苦茶にしてやりたい気分。

 でもどうしよう。この事は蘭ちゃんに秘密にしておいてくれって言われてるし。

 だけどだけど、秘密と言われても限度があるよ。

 これは一大事だもの。

 誰か信頼できる人には、この事を話しておこうかな・・・。

 れん坊・・・そうだ、長畑煉次朗だ。

 彼なら信頼できる。そして私達と秘密を共有してくれるはず。


 よし、れん坊に話に行こう。このままの気分で年を越すなんて、嫌だもん。


長畑:長畑の家 長畑の部屋 夜


 長畑だ。牧野さんに絶交されて、正直打ちのめされて、ベッドに仰向けになって天上を見上げている。

 夢のない人は嫌いか・・・そうですか。

 確かに今の俺は仕事人間で夢は特に無い。このまま平凡に生きていければいいと考えてる俺と、

 それでいいのか俺の人生、というもう一人の俺との間で板ばさみ状態だ。

 大学時代は演劇サークルに所属して、少しは演劇の楽しさに目覚めて、母と同じように芝居をやりたいと少しだけ思った時期もあった。

 でも芸能界の厳しさを母を見て知っていたから、怖気付いてしまった俺は、普通に就職することにした。

 余談だが、俺の母親は芸能人だ。女優をやってて、芸能界ではそこそこの大物になっている。

 俺は野球留学で中学・高校時代は三重県に行ったけど、それも親の財力あってこそだ。

 息子が甲子園に行ったことを、母はいまだに自慢げに話して回っているらしい。

 でも正直勘弁してほしい。俺にとっては、辛い記憶なんだ。あの日のことは、あの試合のことは、もう思い出したくも無いんだ。 

 全部俺の驕りと名誉欲が招いたミス。

 チームのために自分がいることを忘れた俺のミスなんだ・・・。

 宮城にも、供に戦ってくれた仲間達にも、心の底から申し訳ないと思っている。全部俺が悪いんだ。


 俺が、悪いんだ。


 はあ・・・ムシャクシャする。誰でもいいいから、この気持ちを誰かにぶつけたい。でも俺にはそんなこと出来ない。


 俺が考え事をしていると、部屋のドアがノックされた。誰だろう。


「どうぞ」


犬伏:長畑の部屋内


 犬伏です。れん坊はベッドに仰向けになっていました。

 あたしはドアを閉め、ゆっくりと床に敷いてあるクッションに座りました。


「なんだ、犬伏か」

「ごめん、もう寝てた」

「いや、これから寝るところだったところだ。」

「そっか」

「なんか用か?」

「あのね、実は、れん坊に話しておきたいことがあって・・・」

「話しておきたいこと? 何だ」

「その・・・牧野ちゃんのことなんだ・・・」

「牧野さん? 牧野さんがなんかあったのか?」

「絶対に秘密にしてくれる?」

「? ああ、いいけど」

「実は、牧野さんの会いたがってる森羅聡里っていう人。東矢君が知ってるみたいなんだ。」

「なっ・・・なんだと?!」

「でも東矢君、それを隠してるみたいで、あたし、それが許せなくて」

 

 あたしがそう言うと、れん坊がベッドを跳ね起きて部屋を飛び出していった。

 そして直に部屋の外から聞いたこともないような怒声が聞こえた。

 やばい・・・あたし、なんか、大変なことしちゃったかも・・・・。


日下:長畑の家 リビング 


 日下よ。今、ソファを陣取り、小難しい医学書を読みながらコーヒーを飲んでいるわ。

 東矢君はリビングの大画面テレビでアクションゲームに夢中。

 全く、本当に良いご身分よね。


 と、あたし達が寛いでいると、長畑君が鬼のような顔をして、ゲームをしていた東矢君の胸倉を掴んで立ち上がらせた。


「ちょっおい。錬ちゃん、何だよ、どうした、いきなり!?」

「お前、森羅さんのこと、知ってるのか?」


 森羅さん? 森羅さんって、あの森羅聡里? 牧野さんの会いたい人のこと? 一体どういうこと。

 あたしはしょうがなく、二人を止めに入ることにした。


「ちょっと、二人とも、止めなさいよ。一体何の話をしているわけ??」

「そうだよ、煉次朗。俺には何のことだかさっぱりわからねえよっ」

「嘘をつくなっ東矢っお前、何か隠してるだろ!?」

「隠し事なんて何もしてねえよ、一体何なんだよ、突然。錬ちゃん、手、離してくれよっ」

「お前が真実を言うまで、俺は離さないぞっ」

「だから森羅聡里なんて俺は知らねぇよっ」

「本当か? 想い人って、森羅聡里の事じゃないのか?」

「違うって、別人だって!!」

「じゃあ一体誰なんだっ言えっ東矢っ」

「くっ苦しいって、錬次朗・・・止めてくれよ」

「長畑君っやめなさいよっやめなさいったらっ」

「牧野さんがどれだけ森羅さんに会いたいか!! お前知ってるだろ?! ふざけてるのか、東矢っ!?」


 真希が血相を変えてリビングに駆け込んできて、長畑君に抱き付いてきた。


「煉次朗、止めて! お願いだから東矢君に乱暴しないで! あたしの勘違いかもしれないんだからっ」

「犬伏・・・」

「真希ちゃん、一体なんなんだよっ」

「なんでもない、なんでもないよ。錬次朗、落ち着いて、らしくないよ、どうしたの?」


 長畑君が東矢君から手を離した。東矢君は苦しそうに咳を何度かする。


「嘘ついてたりしたら、承知しないからなっ」


 怖い。こんなに怒らない人だと思っていた彼が、死ぬほど怖い顔をして怒っている。

 こんな長畑煉次朗、見た事ない。普段怒らない人が怒ると怖いわね。流石のあたしもちょっと震えがきちゃった。

 指野さんより、怖いかも・・・。


「いっ・・・一体なんだっていうのよっ」

「ごめん、ルリ、何でもないの。忘れて」

「忘れてって、あんた・・・」


 犬伏は長畑君を連れて部屋に戻っていった。

 

「東矢君。あんた、大丈夫?」

「ええ、大丈夫・・・・何とか」

「あんた、森羅さんのこと、何か知ってるの?」

「日下さんまで・・・何も知らないよ。俺を信じてくれよっ」


 東矢君は吐き捨てるようにそう言うと、リビングを飛び出していってしまった。


 全く。年末だって言うのに、家は大荒れじゃないのよ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る