第二部第四話part3『決別しましょう』
長畑:洗足池公園 ベンチ 夜
長畑だ。もらったスケジュール表どおり、今日も牧野さんの路上ライブを観に来ている。
ところがベンチに座ってギターを弾いている牧野さんの表情は浮かないものだった。
「牧野さん・・・」
「長畑さん、なんで、帰ってくれなかったんですか」
「え?」
「あんなに約束したのに、私、とても傷つきました」
「牧野さん、その件は本当にごめん。俺も当日突然どうにかなっちゃって」
「そんなに私よりも小弦のダンスの方が魅力的でしたか?」
「そんなことないよ。俺はバック映像の方に集中してたし」
「じゃあなんで帰ってくれなかったんですか。おかげで私は、また小弦相手に屈辱を・・・」
牧野さんは体を小刻みに震わせている。当日は表向き気丈に振舞っていたけれど、
やっぱり内心は相当悔しかったんだろうな。。。
「牧野さん・・・」
「長畑さんには、失望しました。もう二度と私のライブに来ないで下さい!!」
「牧野さん・・・・・」
「決別しましょう。話すのは、職場での最低限の挨拶と連絡だけにさせてもらいますからっ」
「牧野さん・・・」
「・・・・私は諦めません。こんなことで挫けたりもしません。私には夢があるから。長畑さんには無いみたいですけどっ
夢のない人は、私は嫌いですっ帰ってくださいっ」
俺はそれ以上、何も言えなかった。自分でもよくわからない。なんで帰れなかったんだろう・・・・。
牧野さんはしっしっと手のひらを揺らして俺に帰る様に促した。
仕方ない・・・帰るか。
牧野さんに、嫌われてしまったな。せっかく距離を縮められたと思ったのに・・・。
犬伏:芸能音楽事務所スケール社内 受付 午後
犬伏です。年末の仕事納めも終わって、今日は休みの牧野ちゃんを連れてスケールへやって来ました。
牧野ちゃんは落ち着きなく周囲をきょろきょろしています。
「もう、牧野ちゃん。落ち着いてっ大丈夫だから」
「だっだって。いきなりこんな大きな事務所に来るなんて、考えても居なかったから・・・」
「今日は沢木さんに会うだけだよ。社長は不在だから年明けにでも沢木さんを通して会ってもらうからね」
「はっはぁ・・・・」
あたし達が話していると、スーツ姿の沢木文殊さんがやってきた。相変わらずだらしないネクタイ。
寝癖も付いてるし。大丈夫かな、この人で・・・能力は高いみたいなんだけどね~・・・。
「やあやあ、犬伏さん。よく来てくれました」
「今日は呼んで頂きありがとうございます沢木さん。ほら、牧野ちゃんも挨拶っ」
「あっああ、あの、本日はお日柄もよく、とてもお会いできて喜ばしい限りですたい」
あらら、牧野ちゃん。超緊張しちゃってる・・・言葉使いが無茶苦茶。まあ無理も無いか。
「じゃあ、あたしはこれで。牧野ちゃん。あとは沢木さんとちゃんとお話しするんだよ」
「そんな、犬伏さん。帰っちゃうんですか??」
「うん、だってあたしには縁のない話だし。二人っきりの方がいいでしょ」
「心細いです・・・」
「大丈夫だって、牧野ちゃん。沢木さんは優しい人だから。沢木さん、牧野さんのことよろしくお願いします」
「いえいえ、じゃあ、牧野さん、会議室に行こうか」
「へっへい」
牧野ちゃん、大丈夫かなあ・・・。
牧野:芸能音楽事務所スケール社内 通路 午後
牧野です。沢木さんに先導されて会議室に向かっています。
「この間のライブ、キミの演奏、凄かったよ。グルービーだった」
「あっ・・・ありがとうございます」
「ベースはいつから始めてるんだい?」
「子供の頃からです」
「そうか、実はキミの噂は耳にしてたんだよ。秋田に暗黒少女っていう凄い腕を持つ可愛いベーシストがいるってね。
ずっとキミに会いたくで何度も秋田に行ったんだけど、お兄さんに邪魔されてね。会えなくて、あきらめたんだ。
まさかこんな形で出会えるなんて思わなかったよ」
「そっそうだったんですか・・・」
「ところでキミ、幾つ?」
「18歳」
「若いね。実に素晴らしい。プロのミュージシャンを目指しているのかい?」
「はい。ソロのシンガーソングライターです」
「ソロ? ギターも弾けるのかい?」
「ギターは、そのあまり上手じゃないですけど」
「僕は反対だな。」
「え」
「キミにはベーシストが似合う。女ベーシストはエロいからね。貴重な存在だ。
キミの才能をフルに生かすには、バンドを組んだ方がいいと思う」
「そっそうですか・・・?」
「うん。この間、一緒にやってた彼らがいるじゃないか」
「あれは、即席の寄せ集めで、ホントのバンドメンバーじゃないんです。
私は、とある人に憧れてて、どうしてもシンガーソングライターになりたいんです。
あいみょんさんみたいな感じで・・・」
「牧野さん」
「はい」
「これだけは言っておく」
「なっなんですか」
振り返った沢木さんの眼鏡がキラリと光りました。
「将来ソロで活動するのは否定しないけど、プロになるなら、誰かになんてなろうと考えたら駄目だよ。そんな考えじゃ、その人を超えることは出来ない。君には特別な才能と技術がある。それをしっかり伸ばせば、そう遠くない将来、天下を取ることだって夢じゃないかもしれないんだ。自分の才能を真摯に見つめて、それを伸ばすことだけに集中するんだ。それがキミとっては一番いい選択肢だよ」
「さっ沢木さん・・・でも、私・・・」
「牧野さん、だからキミはバントを組んで活動するんだ。メンバーは追々見つけていけばいい。
なんならウチでオーディションをしてあげてもいいよ」
「その、少し、考えさせてください・・・」
「うん。」
日下(ナレーション)
「後に超天才凄腕ベーシストとして日本を飛び越えて世界的な名声を得る牧野玉藻も、この当時はまだ18歳。恋に青春に揺らぐお子様だったわけ。このときの彼女、凄く悩んでいたわ。あたしも流石に苦悩したものよ・・・」
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