第二部第一話part14『針降る夜』前編

東矢:新宿BAR QUEEN (夜)




東矢だ。

今日も森羅さんは夜のBARでジャズソングを熱唱している。

俺は1人、カウンター席に座って彼女の歌に聴き入っていた。

歌っているときの森羅さんは、太陽のように輝いている。

上品な青いスパンコールドレスがまぶしい。

なのに、時折見せる儚げな表情が気にかかる。

森羅の出番が終わり、店内は多少のざわつきの後、

次の演者にバトンタッチとなった。

演奏が終わると、森羅さんは俺に笑顔を向けてくれて、

俺の方に歩いて来てくれた。


がっ。


森羅さんの肩を何者かが掴んだ。


「(森羅の肩をつかみ)見つけたぞ、サト」

「(魚雅の方を向き)・・・魚雅・・・」


誰だコイツ? 

「なんでこの場所を・・・?」

「とある方の情報網でね」

「・・・何の用?」

「とぼけんな。わかってるだろ? 

玉藻が東京に来て、お前を探してる。

今すぐ荷物をまとめて地方に去れっ」


「(眉をゆがめる)」

「わかったな。」

「・・・判った」


二人の会話が終わると、男の方はさっさと店を出て行った。

一体、なんだってんだ、あの野郎は・・・。







網浜:3U店内 夜



アミリンでっす。

今井大志ファンクラブの方々とお話ししています。

しかし内容はほとんど今井大志はカッコいい、素敵の二言で

済まされるものばかりで、彼女達は特に有益な情報は持っていませんでした。

こうなったら、話題を変えましょう。


「ところで、今井さんって、いつから3Uの店長になったんですか?」


女性A「さあ・・・いつからだろう」

女性B「今年の春ぐらいからだよ、ほら、あの事件の後から」



あの事件。

ほほう。どうやら鉱脈を掘り当てたかもしれませんね。

一瞬あくどい顔になってしまいましたが、

直ぐにアミリンスマイルに戻しました。

ズバリ話を聞かせてもらいましょうか。

「あの事件って? 何ですかぁ?

「あなた知らないの。今年の4月に、ここで暴行事件が連続で起きたんだよ」


「えーーーーうそーーーこわーい。犯人は捕まったんですかぁー?」


「まだでしょ。全然TVでやらないよね。被害者は全員レインバスの社員みたいなのに。」

「やばいよね。絶対事件の臭いがするよーー」

「えーそうなんですか? 実は凜もレインバスの関係者なんですよー」


 軽く嘘をついてみました。


と言った瞬間、女性達が一斉に身構えました。


「? どーしたんですか、皆さん」


女性A「いや、なんでも」


女性B「あ、あたしちょっと外に電話しに行って来るね」


女性C「ちょっと化粧室行ってくる」


次々と女性達が席を立っていきました。

凜がレインバスの社員だと告げた途端に。

無理もありません。

三回連続レインバスの社員が被害あったんです。

これはもう完全に狙い撃ち。

次狙われるとしたら、やはりレインバスの社員しかいません。


レインバスの社員・・・。

1人だけ、テーブルに残ってる女性がいました。

凜が笑顔を振りまくと、悲しそうな表情で話し始めました。


「あたしの彼氏なんだ・・・襲われたの・・・」

「彼氏? レインバスの人と付き合ってたんですか?」

「うん。もう、別れたけどね」

「事件のせいですか?」

「ううん。取られたの。あの女に。」

あの女? って、誰。


「あの、もしよければ、

その、『あの女』のお名前を教えてもらえませんか?

職場で彼氏さんと会うかもしれないんで、

色々動揺しないようにしておきたいんです」


「(憎憎しそうな表情で呟く)」

・・・なんとまあ・・・。






東矢:新宿BAR QUEEN (夜)



東矢だ。

森羅さんは俺の隣、カウンター席でグラスを手に持っている。

なんだかとても追い詰められたような表情をしている。

一体あの男は何者なんだ。

俺は、勇気を出して聞いてみることにした。


「森羅さん、今の男は、誰ですか?」

「・・・私が秋田にいた頃に一緒に音楽活動してた人。」

「東京を去れって、随分な物言いですね」

「ま、しょうがないね」

「森羅さん?」

「(笑いながら)私、リアル逃走中やってるから」

「・・・玉藻って言ってたけど、

それってひょっとして、牧野玉藻のことですか?」


「うん。・・・あいつ、玉藻の、兄貴やし。なんでここがわかったんだろ」

「・・・」

「あーあ、もう私も年貢の納め時かな。

せっかく東京で、上手くやっていけそうだったんだけど。

(自嘲気味に)来年からはバックパッカーでもやろうかな?」


「必要ないですよ、そんなこと。あんな奴のいう事なんて、聞かなきゃいい」


「東矢君」

「森羅さんのことは、俺が守ります」

「・・・」

「・・・」

「(噴出す)」

「何がおかしいんですか」

「いや、ごめん。なんか超真剣な顔だったから、ウケルーっって思って」

「俺は真剣です。誰にも他人の夢を邪魔する権利はありません」

「せやね。ありがとう。東矢君は、優しいね」

「俺と一緒になれば、もっと優しくしてあげますけど」

森羅さんが、指さして俺を笑った。

「ハハハハ、東矢君、クサすぎ、やっぱウケるわーーー」

「なんですか、人の真剣を笑わないで下さいよっ」

「27点。もっと頑張りましょう」

「・・・」

「(グラスを煽り)

そんな安っぽい言葉じゃ、

安っぽいハートしかつかめんよ、うんうん」


「ならばもっと精進させてください。100点もらえる日まで、

俺の目の届くところにいてください。」


「・・・わかった。でも、

こうなった以上は名前を変えて活動するしかないね」


「名前を?」

「うん。光定聡子にする」

「また随分すらっと出てきましたね」

「だって、これがあたしの、本名やし」

「・・・本名」

「(東矢を見つめ、影のある笑み)」 


牧野:男装カフェレストラン・ジュリエッタ 店内(夜)


牧野です。

鉄砲豚さんとヒョウロク玉ジョーさんの2名がご来店してくれました。

ここは男子禁制なのですが、

女装して来てくれたので特別に入れてあげました。

テーブルには売れ残ったチケットの束と、ポスターが置いてあります。

「本当に、終わっちゃうんだね。サスペンションズ・・・」

「まったく。ふざけるんじゃないだわよ。

これだけのチケットの束、どうしたらいいのよ」

「口調まで女にすることないだろ」

「お前は悔しくないわけなのっ」

「悔しいさ。魚雅はふざけてる。サスペンションズは、

あいつだけの物じゃない。俺達の、サスペンションズなんだ。」

「豚さん・・・。」

「魚雅はあの女に変えられてしまったのだわよ。」

あの女?

「あの女って、誰?」


網浜:3U店内 夜


アミリンでっす。

情報提供者を発見いたしました。

現在、引き続きお話しという名の尋問をさせていただいてます。


「指野、美咲・・・」

「あなた、知ってるの?」

「ええ。うちの会社にある、社内サークルの副代表です」

凜がそう言うと、女性はあざけるように笑い始めました。


「サークルの副代表?! あのブスでチビのサルが?!

笑っちゃう。せいぜいお山の大将気取ってればいいのよ、クソ女」


牧野:男装カフェレストラン・ジュリエッタ 店内(夜)



牧野です。


「魚雅は、今、どこにいるの?」

私が言うと同時に、魚雅が普通の格好で店内に入ってきました。

「お兄ちゃん」

「(桝井と井伏を見て)なんだお前等、目覚めちまったのか?」

「この店は男子禁制なんだよっ早く出てくか、女装しろ」

魚雅は私を無視して、奥のソファ席に腰掛けました。

「こらーーーーっお前ーーーーっ人の話をきけーーーーっ」


「ちょっと、魚雅、店に入るなら女装しなさいよっ」

「ルールは守れよ」

「(一瞬溜めて、怒鳴る)ガタガタうっせぇっ」

魚雅の怒声にびびった豚さんとジョーさんは、

私を盾にして隠れてしまいました。


「(チケットの束を見せて)こんなに大量のチケット、どーするの?」

「心配するな。客がいなくても買い取ってもらう契約だから」

「契約って、一体誰がそんな契約してくれたの」


「・・・サスペンションズを捨てた人間に、

サスペンションズの結末をどうこう言われたくねぇな」


「(魚雅を睨む)」

「(牧野を見つめる)」

「確かに私は・・・、

自分がやりたい音楽のためにサスペンションズを辞めた。

でもいつだって、心の中にはサスペンションズで過ごした、

あの6年間があった。最近、秋田に戻って、

東京で、魚雅の音楽を聴いて、気が付いた。

私は、結局、あんたの手の中で踊らされていて、

とても楽しんでいた、ってことを」

「・・・」

「このチケットは、私が預かるよ。予定変更する」

「どうするつもりだ」

私は、奥の大きなフロアへとゆっくりと歩き、

ステージの上に立ちました。

「・・・ここでやろう。今日、ここで、

俺達のサスペンションズを、終わらせよう」

「玉藻・・・」

「お嬢」

「・・・」


網浜:3U店内 夜


アミリンでっす。

えー・・・と。凜の身長は159cmで、

まあチビじゃないですけど、指野さんは、

明らかに凜よりも一回り大きいんですよ。

多分170cm近いと思います。犬伏さんと同じぐらい。

社内でも抜きん出て背の高い女性だと思うんですが・・・。

あの高身長からの迫力は凄まじいものがあります。

この人の言っている指野美咲さんは、

本当に指野美咲さんなんですかね?


「その指野さんって、トップの高い

触覚を垂らしたポニーテールがトレードマークの方ですよね?」


「ポニーテール? 

あの金髪チビ、今髪伸ばしてるんだ、笑えるね」


金髪・・・まさか、この人、狩川さんのことを

指野さんだと勘違いしているのかな?

でもなら何故、そんな勘違いを?

「第一、指野なんかよりも、

あたしの方が、美人でしょ(決め顔)?」

「(困り顔)」


「あなた、真実を受け入れなさい。もう一度言うわよ?

この、あたしの方が、美人でしょ(決め顔)??」

「(しばし葛藤の末、観念したようにうなづく)」

「ほうら見たことか。あたしは美人なのよ。

そう、可愛すぎて困るぐらいなのよ。

なのに、あの男、あたしを振りやがってええ」


ううむ。この人ちょっと酔っ払い始めてる。

よし、ここは最後にズバリ聞きましょう。



「あの、ちなみに元彼さんって、なんていうお名前なんですか?」

「え、ああ。なり」


女性が答えようとしたそのとき、凜の肩に手が置かれました。

後ろを振り向くと、店員さんが立ってました。


「何か?」


「今、あなたの会社の女性から電話があって、

キミと話がしたいって」


「凜と? 誰ですか?」

「指野美咲っていう人」

「(鬼の形相で店員を睨む)」


おかしいとは思いました。

でも、凜は、そのときは言われるがままに立ち上がり、

店内のカウンターに置かれた子機を耳に当てたんです。

でも、電話は切れていました。

「切れてますよ」


「おかしいな。

なんか急用だから連絡ほしいって言ってたんだけど。

外なら繋がるよ」

「そうですか・・・」


この3U店内はスマホは圏外です。

店の外に出るしかありません。

朝稲小弦のライブまでは、まだ時間がある。


 凜は一旦3Uを出ました。


網浜:3U外 路地裏 (夜)


アミリンでッす。

ただ今指野さんに連絡を取ろうと一旦3Uの外に出てきました。


っと思ったら背後から何者かが近づいてきます。

凜が振り返ると、そこには今井大志さんが立っていました。


「あなたは・・・」

「やあ、元気だったかい」

「ちょうどあなたに話しがあって来たんです」

「話? 刑事さん、職質なら勘弁してくれよ」

「あなたも刑事でしょう、元捜査二課の今井さん」

「(唇を曲げて笑う今井)」

「さすが、名探偵。抜かりなく調べてきたか」

「人事異動であなたは辞めたことになっていますが、今でも警察に籍を置いていることは確認しました。あなたの事情は凜には関係ないので踏み込みません。今回は牧野さんの件で来ました」

「牧野さんの?」

「はい。朝稲小弦とのライブ対決を申し込みます!(今井を指差す)」

「ほう、ライブ対決。そいつは面白そうだねえ」

「具体的な日取りは後日決めるとして、了承して頂けますか?」

「いいだろう。こっちは全然構わないよ」

「ありがとうございます。失礼します」

「待ちなよ、小弦のライブ観て行けば? VIP席で」




----------------------------------------------------------- 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る